「店長、仕事以上に仕事らしいことをする」


 お仕事に行かれる前に、シャワーを浴びて行ってはどうですか。昨日はすぐに息子と寝てしまわれたけれど、お仕事の後ですからなにかと汗をかかれていたでしょう。あと、これ、夫の若い頃の服なんですけど、よかったら着ていきません。同じ服ではせっかくシャワーを浴びても、さっぱりしませんでしょう。いえいえ、そこまでしてもらうのは流石に悪いですよ。俺は、渋い色合いのボーダー柄したポロシャツを手に持ち、人の良い笑みを浮かべる店長の母に遠慮しいに言った。確かに彼女の言う通り、今の俺はシャワーを浴びた方が良いのは間違いない。少し肌を擦れば、脂ぎった感触が指の腹に感じられ、嗅げば臭くはないがどこか重たく粘っこい感じの匂いがした。浴びれるものならすぐにでもシャワーは浴びたかったが、店長の母が旦那さんの服を持ってきてくれたように、浴びても着替える服がないことには、あまりシャワーを浴びる意味が感じられない。そして、なによりも他人の服を借りるのはどうにも後ろめたい。まして、それが自分の勤めている店の店長の父親なのだから、抵抗感も一入である。コンビニで替えの服を買って、銭湯で着替えた方が良い。ついでに、ロッカーに預けているトランクスも回収しなければ。などと俺が算段を立てている横で、店長がふと、先ほど彼の父が消えた台所の奥へ消えていくのを俺は目にした。いったい、なんだろうか。
 あぁ、あの子もね、畑の一部を借りて色々と育ててるのよ。ふふふっ、血なのかしらね。コンビニのお仕事をするようになってからも、止めようとしないのよ。あっ、よかったらあの子の畑仕事ぶりを後で見ていってくださいな、丁度今日あたり、最後のさつまいもを収穫すると思いますから。ろくにコンビニで仕事もせずに、さつまいもなんて作ってるのか。しかも、なんの文句も言わず、気だるさも見せずに、ごく自然に。コンビニの店長なんてやめて、農家を継いでしまえば良いのにと、俺は少し腑に落ちない感情を店長に抱いた。しかしまぁ、シャワーの話題を逸らすには、ちょうどいいタイミングである。それなら、今から見てきますよと、俺は店長の母の横をすり抜けると玄関に向かい、履き潰したスニーカーに足を通して店長の家を出た。
 鬱蒼と木々が生い茂る庭を通って裏の畑に出ると、店長がスコップ片手に長い蔓の生い茂った畑の前に立っていた。子供の頃に何度か見たことがあるだけだが、その蔓はさつまいもに間違いない。その蔓の向こう側の畑は既に掘り返されてこんもりと所々隆起している。掘り起こされた箇所と蔓が生い茂っている箇所の比率は、目算ではあるが三対一くらい。幅にして、大人がその両腕を目一杯広げたくらいだろうか。確かに店長の母が言っていたように、頑張れば今日一日ですべて掘り返せない量では決してないだろう。
 突然、なんの掛け声もなしに、店長がスコップを蔓の中へと突っ込んだ。ぐっと足でスコップを地面にめり込ませ、十分にめり込んだ所を見計らって左右に揺らす。もっこりと蔓が蔓延する土台が盛り上がり、次の瞬間には土色に染まっていた。コロコロと、転がる大きな紫色のさつまいも。土の中でそれは非常によく目立つ鮮やかな色をしていたし、よく目立つ大きさもしていた。スーパーだって、なかなかこんな見事なさつまいもは売ってないぞ。