「砂糖女史の鏡体」


 本物ですよ。その証拠に、ほら、佐東先生のサインが入ったプロフィール画像が表示されているでしょう。トップページのプロフィールの欄に表示されているのは、四百字詰原稿用紙に書かれた、佐東匡のサインだった。この無駄に自己主張の少ない筆致は、間違いなく佐東匡の物だ。あまりの人気のなさに、書いてあると書店でも古書店でも落丁扱いされる、佐東匡の初版単行本によく記されているサインだった。流石は徹底した覆面作家。公式サイトでも自分の素顔を晒すつもりはないらしい。まぁ、小説家でなくっても、自分の顔写真をプロフィール欄に表示する人はそうそう居ないが。
 やれやれ、驚いたな。こればかりは流石に俺も少し感心したよ。アンタ、どうやってこのサイトを知ったんだ。砂糖女史はいつものように少し間を置くと、それは、ちょっと言うことができませんと、彼女にしては珍しいことを言った。なんで言えないのかと問い詰めると、諸般の事情でと切り返し、言わないと酷いぞと脅すと、死んだって貴方には言えませんと、強情を張った。なぜ彼女がそこまで強情になるのか、俺にはよく分からなかった。
 じゃぁ、とりあえずアドレスだけメモらせてくれないか。佐東匡の一ファンとして、このサイトをブックマークしない訳にはいかない。無言で砂糖女史は小さく頷いた。俺は携帯電話をポケットから取り出すと、ブラウザ上部に表示されているURLを、メモに打ち込む。打ち込み終えて青く表示された文字列にカーソルを載せ、決定ボタンを押すと、砂糖女史のノートパソコンに表示されているのと同じ、佐東匡の公式サイトが携帯に表示された。
 その後、しばらくロビーで話をした俺と砂糖女史は、今日は砂糖女史たちは旅館とは別のレストランで飲み会をするらしく、六時前後に分かれることとなった。玄関まで彼女を見送り、旅館の女将に頼んで、ポットに入れた冷水とカップを手に客室に戻ると、俺は酷く崩れた布団の上に寝転がる。することも特にないので、俺は携帯を手に取り、砂糖女史から教えてもらった佐東匡の公式サイトを改めて覗いた。非常にシンプルな作りになっている、その公式サイトは、白い背景が眩しく、たいへん読みづらかった。フォントの設定等も最小限に抑えられている、というよりも、最小限のことすらできていない。見出しと本文が同じサイズで表示されていたり、リンクが黒色設定されており本文と見分けがつかなかったり。挙句、画像が無意味に小さかったり大きかったりと、おおよそ玄人が作ったサイトにそれは見えなかった。おそらくは、佐東匡が自分で作ったのだろう。意外と、機械音痴のようだ。
 プロフィールの下にある著作一覧をクリックする。リストに上がっている小説は、『メイド・イン・アンダーグラウンド』以外、どれもこれも自宅の本棚にある物ばかり。同人誌として、他にも新作を発表していないかと思ったが、どうやら今回が初めてだったらしい。続刊は年末、東京ビッグサイトにて発表とある。やれやれ、出版業界から干されたって言うのに、随分と楽しそうにやってくれているじゃないか。心配して損をした気分だったが、また彼の書いた小説が読めると思うと、損をした気分を少し上回って、得をした気分になれた。なんにせよ、年末は東京に行くのも良いかもしれない。