「砂糖女史の客室」


 あら、どうしたの、あんなに良い呑みっぷりだったのに。ショートヘアーの女が、いぶかしげに顔を覗き込んできて俺に言った。ちょっと、約束を思い出してね、あんまり飲むと、明日起きれなくなるから。若いのに何いってるのよと、部屋の隅で一升瓶を片手にした赤ら顔の女が叫んだ。この部屋に居る女性の中では、一番歳を食っているのではないだろうか、少しばかり肌に艶がない。しかしながら、艶はなくても手入れは行き届いていて、髪型であるだとか、スタイルであるだとかは、他の娘のどれよりも整っている。熟れた果実の様なその体を好きだという男もまた居るのだろう。なにも、若いばかりが女性の魅力という訳でもない。歳をかけて磨かれる美しさもある。
 酒の力もあるのだろう、そんなどうでも良い事を考えていると、なら、こうすれば飲まないわけにはいかないわねと、正面に崩して座ったポニーの娘が、缶ビールの中身をグラスに注いだ。ぶわっと吹き上がる白い泡。黄金色の液体の中を上昇する気泡。たまらずに喉が鳴った、俺の体は今、誤魔化しようのないほどビールを欲していた。しかし、だ、なぜこれで飲まなくちゃいけないのだろうか。白い泡が鮮やかな目の前のグラスに注がれているビールの様に、今にも湧いて出た自制心が溢れかえりそうな所を、なんとか俺が堪えていると、ほら、女の子が注いだんだからそこはぐいっと飲まなくちゃ駄目じゃない、と、横に座ったたらこ唇の女の子が上目遣いに俺に言った。なるほど、確かに、女に飲み物を注がせておいて、飲まないのはまずいね。
 一杯だけだからなと言付けて、俺はグラスのビールを煽った。缶からグラスに移されたビールは、缶特有のアルミ臭さが消えて実に美味かった。もっとも、目の前の美人が注いでくれたということもあるだろうが。口についた泡を舐めとると、俺は息を吐く。すると、すぐさまグラスにビールが注がれる。おいおい、一杯だけだという約束だろうと、グラスを持つ手を握った相手は、先ほど部屋の隅で飲んでいたはずの女。その娘の一杯はその娘の一杯さ、私の一杯はまだ受けてもらってないだろう。さぁ、お飲みよお兄さん、なにかい、あの娘の酒は飲めて、私の酒は飲めないのかいと凄まれた。たしかに、それもまた一杯は一杯に違いない。年の功だろうか、断ろうものならば食ってしまわれそうな迫力に圧された俺は、しかたなくグラスに注がれたビールを飲む。すかさずまってましたとばかりに俺が開けたグラスに、たらこ唇の彼女がビールを注いで、あとは、まぁ、想像にお任せする通りだ。
 いい、お湯でした。あっ、貴方も皆さんと一緒に飲んでらしたんですね。風呂から上がってきた砂糖女史はそう言うと、膝をついてしゃがむ、ほっくりと微笑んだ。まるで、そう、茹で上がったジャガイモのようじゃないか。彼女が風呂から上がる頃には、血の変わりに酒が頭を巡っているのじゃないかというくらい酩酊していた俺は、そんな突拍子もない事を思った。まぁ、せっかく来たなら一杯注げよ。最早、飲む事に抵抗すら感じなくなっていた俺は、なんの戸惑いもなく砂糖女史にグラスを突き出す。彼女はそこに妙に濃い小麦色の液体をなみなみと注ぎ、俺はまたしてもそれを一息に煽った。
 強烈なアルコールの匂い。気がつくと、俺は見知らぬ天井を眺めていた。