「味噌舐め星人の片眉」


 心配してまとわりつく味噌舐め星人をなんとか振りほどいて、俺は部屋を出ると外廊の突き当たりに備え付けられたトイレに向かう。トイレの中に入ると、味噌舐め星人が入れぬようすぐさま鍵を閉め、ズボンを下ろし、パンツと陰部についたそれをトイレットペーパーで拭う。乱暴に拭ったそれがトイレットペーパーからはみだし指に付着する。冷ややかな感触と共に激しい自己嫌悪感が俺の指先に走った。この歳にもなって元気なことである。パンツに代わって何千という生命をその身に含み、重くなったトイレットペーパーを便器に投げ込む。すぐに脱衣籠に脱ぎ捨てるというのに、もう一度手にトイレットペーパーを巻きつけて、念入りにパンツを拭くと、便器の中の水に力なくと浮かぶそれらを水で流した。その音で少しばかり目が覚めた。
 部屋に戻ると、台所で味噌舐め星人は少し遅めの朝食の準備をしていた。昔と比べれば、最近は彼女の料理の腕も少しは上達しており、冒険的な料理が食卓に並ぶことは少なくなった。キッチンに置かれているのは、大根と油揚げの味噌汁と、ツナと味噌と白ゴマを混ぜた和え物、もっそりと焼き上げられた玉子焼きは、半分ほど上に味噌がかかっていた。残りの半分は、きっと俺に配慮してくれたのだろう。確かに、俺は玉子焼きは醤油派だった。それにしたって、玉子焼きの上に味噌をかけて食うという発想が、広く人類に理解されるには、少なく見積もってもおそらくあと百年はかかるだろう。
 随分料理が上手くなったな、見た目だけならなんとか食えそうな気がすると言うと、味噌舐め星人はえへへとはにかんで頭を掻いた。パンツを脱衣籠に放り込み、箪笥から引き出した新しい物に履き替えて、俺はちゃぶ台の前に座る。すぐに台所から運ばれてきた料理が目の前に並び、最後に味噌汁を持った味噌舐め星人が対面に座って、俺達は手を合わせる。いただきます。
 味噌舐め星人の朝食を、俺は素直に美味しいと思った。が、この程度で満足されても困るし、食べれるものならばもう少し美味しい朝食を食べたいので、あえてこれ以上ほめるような事はしなかった。お兄さん、お兄さん、今日もこれからお仕事ですか、それとも今日はお休みですかと、味噌汁を啜りながら味噌舐め星人は聞いてきた。どうにも正社員になってからあまり構ってやれず、寂しい思いをしているらしい。ごめんなというと、味噌舐め星人はしょんぼりと、あからさまに残念そうな顔をした。遊ぶ相手が欲しいなら徳利さんでも誘えば良いだろう、友達なんだし。ミリンちゃんだって最近はきっと暇してるだろうから、電話したらすぐに遊びに来てくれるんじゃないのか。別に、彼女の相手をするのが億劫というわけではない。いや、たしかに多少はそういう気持ちもないわけではないのだが、それよりも純粋になぜ俺でなければいけないのだろうかと思ったのだ。はたして、味噌舐め星人はなにか言い難そうな感じに言葉を濁し、それ以上なにも言うそぶりを見せなかった。女友達では代えにならないほど、想われているという事だろうか。
 今日は二時から出て、帰ってくるのも昨日と同じくらいだ。今度の水曜日には休みが取れるから、そうなったらまた二人でどこかに出かけよう。そう俺が言うと、味噌舐め星人はなぜか少し寂しそうな表情で微笑を返した。