「味噌舐め星人の発券」


 目覚めると既に太陽は上りきってしまったのか、窓から差し込む光は幾分と穏やかになっていた。布団の中に味噌舐め星人の感触はない。まだ鈍っている頭をもっそりともたげて振り返ると、壁に背を預けて座り、俺が勤め先で手に入れてきた今週のジャンプを読む、味噌舐め星人の姿を見つけた。
 おはよう。俺は欠伸混じりに本日の第一声を味噌舐め星人に放つ。呼んでいたジャンプに指を挟み、体の横に置くと彼女は、おはようございますねぼすけお兄さん、と悪戯っぽく笑った。仕方がないだろう、仕事なんだからと俺は布団の中から緩慢な動作で這い出る。もう昼間だというのに布団から出るのが辛い季節になってきた。カレンダーを見れば、クリスマスも、正月もそう遠くは無い。そろそろ仕事も忙しくなってくると思うと気が滅入った。
 お前さんは大学は行かなくて良いのか。ふと、そういえばこの真性ひきこもり星人が、実は学生であったことを思い出した俺は、味噌舐め星人に尋ねた。お兄さんと一緒に居る方が楽しいから、勉強は良いのです、と、彼女は実に男として嬉しいことを言ってくれた。しかしながら、そんな怠惰なことを言っていてどうにかなるほど、社会という奴は甘くはない。なにより、生活費は俺持ちとして、学費は親が払っているのだ。嫌でもめんどうくさくても一応お金は払ってるんだ、単位を落とさない程度に学校に行っておけよ。周りに迷惑をかけてるんだ、義務はちゃんと果たせ。起き抜けにこんな説教じみたことを言うのもどうかと思ったが、俺は味噌舐め星人に強い口調で注意を促した。するとどうだろう、見る見ると味噌舐め星人の顔が青ざめる。
 迷惑ですか、私、お兄さんやミリンちゃんに迷惑かけてますか。深刻そうな顔で彼女は俺に尋ねた。醤油呑み星人との昨日の会話が思い起こされる。やれやれ、容赦なしに無茶を言うくせに、なぜこういう妙な所で繊細なのだろうか。しかしながら、泣いてどうにかなるなら警察は要らない。事実は事実として、俺は、迷惑だと味噌舐め星人にきっぱりと言った。在学してるからにはちゃんと大学に行きなさい。そしてその言葉に続けて、それだけちゃんとしてくれれば、いつまでもここに居てもいいし、俺に悪戯するのも構わないよと、俺は言った。本当ですか、本当に迷惑じゃないですか。そう言って俺の表情を伺う味噌舐め星人に笑顔を返してやると、彼女はいきなり起き上がり、指を挟んだジャンプも放り出して、俺にぴょんと飛びついてきた。
 いったい彼女が何回ありがとうと言ったか、俺はふと気になって数えていたのだが、両手で数え切れそうになくなってきたので諦めた。よほど居ていいといわれるのが嬉しかったのだろう、自分の居場所を認めてもらえるのが嬉しかったのだろう。あてどなく宇宙を旅してきた彼女の体は、幸福かそれとも安堵感か、何かしらの感情を受けて小刻みに震えているようだった。どんな過去や素性があろうとも、人間には自分が生きる場所が必要なのだ。
 あっ、と味噌舐め成人が何かに気づいたような声をあげて俺から離れた。心なしか頬を赤らめた彼女は、お兄さん、またあの時と同じ匂いがします、生臭い匂いがします、まだお病気治ってないんですかと、俺に問うた。このお病気は男の持病なのだが、俺はなんだか酷く情けない気分になった。