「味噌舐め星人と御酒」


 まぁ、奢ってくれるというのを無理に断る理由はないんだが、流石に昼飯を食べてすぐに何か食べに行く気分にはなれないな。俺がそういうと、徳利さんははっとした表情をして口に手をあてた。今まさに、ラーメンを食べていた彼女の手からこぼれた箸が、カタカタとカップの中で音を立てる。どうにも徳利さんには呆けている所があるらしい。そうですよね、私ったら気が早い。ごめんなさい、それじゃぁ、お夕飯にしましょう。恥かしそうに笑って誤魔化す徳利さん。まぁ、そういう女の子も悪くは無いと俺は思った。
 そんなわけで、当座俺たちが今いる学食から、料理屋に移動する必要はなくなった。かといって、有り余っている時間を有効に使うには、大学という場所はどうにも窮屈でならない。徳利さんは徳利さんで、この後授業はもうないんですと言ったので、俺たちは大学から離れ、時間を潰せそうな場所に行く事になった。時間を潰すのにゲームセンターと競馬場ほど適切な場所はない。見ているだけなら二つとも金はかからないのだ。しかし、そんな慌しい場所に行くには女性が多く、そうなると、行けて良い所ボーリング場かカラオケだろう。あれでいてボーリングは結構体力を使う、腹を減らすのにはもってこいだが何時間もするものではない。それに徳利さんは別として、味噌舐め星人と、店員に見えるかどうかは別として塩吹きババアの金を払わされるのは俺である。そう考えると、自然と行き先はカラオケに落ち着いた。
 それじゃぁカラオケで良いかい、と俺は彼女達に聞いた。徳利さんはいいですよ、あまり歌は得意じゃないですけれどと答えた。塩吹きババアは、ふむ、カラオケに行くのは久しぶりじゃのうと、妖怪の癖にさも行ったことがあるような事を言った。味噌舐め星人はといえば、からおけってなんですか、それは味噌料理なんですか、美味しいんですかと、いつもの調子だった。
 徳利さんに彼女がサークルの合コンで良く使っているカラオケ屋を紹介してもらい、俺たちは大学を後にした。国道沿いにあったその店は、流石は大学生が合コンに使うのに利用するだけあって、煙草臭く椅子だの内装だのが所々はげているような安っぽい所ではなかった。ただし、飲食物の持込やドリンクバーもなかった。時間をつぶすだけにしては、少し良い所に入ってしまった。平日割引と学生割引が併用できたのが、せめてもの救いだった。
 さて、皆さん飲み物は何にしますか。味噌汁、と初めてのカラオケに浮き立った元気一杯の馬鹿が大声で答えた。あぁ、味噌汁はちょっとないですねと、笑って相手をする徳利さんに、とりあえず俺はウーロン茶で、こいつにはカフェオレでも頼んでやってくれと、俺は言った。塩吹きババアはといえば、妖怪故に喉が渇くと言う事がないのか、飲み物の事など露ほども気にしない感じで、分厚いカラオケカタログを膝におくとさっそくめくっていた。
「暫く来んうちに、ずいぶん曲が増えたのう。ふむ、どれも知らぬ曲じゃ」
 だから、妖怪の癖にカラオケに来たことがあるのだろうか、こいつは。そんな事を思っている間に、塩吹きババアのリクエストした曲が流れ始めた。彼女が歌う曲は、十年前によくテレビやラジオで流れていたポップスだった。お待たせしました、ウーロン茶と、カフェオレ、モスコミュールになります。