「徳利さんは、律儀な酒呑みだ」


 女三人寄ればかしましいというのはよく言ったものだ。年甲斐もなく無邪気にはしゃぐ味噌舐め星人と塩吹きババア、そこに徳利さんが加わる事で、俺が座っているテーブルは実に周りから見れば華のあるものになった。学食へ入ろうと通りすがってはそれとなく目を向ける、男子学生達の視線が実に痛々しく感じられる。無理もない。味噌舐め星人も塩吹きババアも、そして昨日知りあったばかりの徳利さんさえも、よほど奇特な審美眼を持っている人間でもなければ、老若男女問わず、おもわずはっと息を飲んでしまうような容姿をしているのだから。彼女たちに目を向けるなと言うのは、朝昼を抜いた夕飯時に、目の前に出された山盛りの白飯を我慢するくらい困難だった。
 そんな彼女たちと一緒に居る俺の姿は、はたして立ち止まってこちらを見つめる彼らの目に、どう映ったのだろうか。味噌舐め星人たちのような、美女・美少女に囲まれて羨ましいと映るのだろうか。それともまったく最初から視界から除外されて、見えなかったことにされているのだろうか。まぁ、俺としてはどちらに思われていようと構わないのだが。こちらからしてみれば、今の状況をさして嬉しいとも思っていないし、むしろ嫌だと思っているくらいなのだから。ねぇ、お兄さんもやりましょうよ、このゲーム、面白いですよ、ねぇねぇ。子供染みた笑みを顔に浮かべ、俺にどうにかしてあっちむいてほいをさせようと、味噌舐め星人は何度となく声をかけてきた。その度に俺は、あぁまた今度なと空返事をするのだが、もちろん周りに人目があろうとなかろうと、そんな幼稚な事をするつもりは毛頭なかった。遠い所から眺める分には可愛らしいが、近くでこいつらの相手をするのは疲れる。
 ふとポケットをまさぐると、中に先日味噌舐め星人と都会に行った時に読んでいた「蒲公英掬い」がまだその時のまま入っていた。そのままテーブルで惚けているとそれこそ味噌舐め星人に、無理矢理にでもあっちむいてほいをさせられそうだったので、俺は本を読んで彼女のしつこい勧誘をやりすごすことにした。それって小説ですか。へぇ、読書家なんですねぇ。お兄さんはいったいどういう小説をお読みになるんですか。静かに本を読もうと思った矢先、徳利さんがそんな事を俺に聞いてきた。はたして、佐東匡というマイナー小説家を、俺と砂糖女史くらいしか知らないであろう不人気作家を、彼女が知っているかどうかは分からない。見て分からないなら、聞いても分からないよと、俺は、少しつっけんどんな感じで徳利さんに言って、栞の挟んであったページを開いた。相変わらず、味噌舐め星人と塩吹きババアは五月蝿く何かを言い合っている。もう少し、静かにできないものだろうか。
 あの、あのですね、昨日はその本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。良いよ、そんな改まって謝らなくっても、と、俺は徳利さんに目もくれず小説を読みながら言った。それで、ですね、ぜひお礼をさせていただきたいんですけれど、どうですか、これから皆さんと一緒にお食事でも行きませんか。そこまでしてもらうのは流石に悪いかなと俺は思ったのだが、またしても俺が言うより早く味噌舐め星人が反応した。行きます、お味噌料理を食べに行きましょう。皆で食べに行きましょう、ねぇ、お兄さん。