「味噌舐め星人の鼻腔」


 すごいですね、すごい偶然ですね。お兄さんとお姉さんに学校で鉢合わせしたのもすごい事ですけど、ちょうど私が食べたくて探し居たものを、お兄さんが持っていたのもびっくりな事です。お兄さん、どうして私が食べたいと思ってたものを持ってたんですか。私、その匂いがする食べ物を食べたくて、学校の中を走り回っていたんですよ。どこでそれは買えるんですか。お家に帰る前に、ありったけ買って行きましょうよ。私、この味噌料理だったら何日だって食べててもあきません。ねぇ、買って行きましょうお兄さん。
 対面に座った味噌舐め星人は期待する眼差しで俺を見つめてきたが、過去に一週間ほど三食カップラーメンのみで過ごそうとした事がある俺は、どんなに美味しく感じるものでも三日も続けて食えば飽きるよと味噌舐め星人に言った。俺も最初はカップラーメンを毎日食える事を喜んでいたのだ。ところが、いざ初めて見ると一日と立たずに味に飽きて、二日目になって腹にもたれるようになって、三日目にはとうとう耐えられなくなりスーパーでレトルトカレーと惣菜コーナーのライスを買い、カレーライスを作って食べた。決して長くはない俺の過去を振り返っても、その時ほどレトルトカレーを美味しく感じたことはなかった。また、まだ分からない俺の未来を思い描いても、その時ほどレトルトカレーを美味しく感じることはないだろう。とにかくそういうわけだから、感情に流されてまとめ買いなんてするものではない。それに、わざわざスーパーで買わなくとも、一週間分まとめ買いしたラーメンの幾つかが、非常食と称してまだ押入れの奥にしまいこんであったのだ。
 目からおねだり光線を、口からは買って買ってとおねだり音波を出して、俺を攻撃してくる味噌舐め星人。隣の塩吹きババアもそんな彼女に同調して、買ってやれ光線と買ってやれ音波を俺に浴びせてきたが、彼女達の扱いにもなれたもので、俺は涼しげな顔で攻撃をかわしつつ、コーヒーを口に含んだ。ふぅ、やれやれ。かまびすしい味噌舐め星人達から顔を背けると、俺は大学の構内を改めて見渡した。昼休みを告げる時報はまだ鳴っていないが、棟からは何人かの生徒が談笑をしながらこちらに向かってくるのが見えた。全面ガラス張りの学食を覗き見れば、中で既に何人かの生徒たちが早めの昼食を食べている姿も目に付いた。ここら見えはしないが、棟の中にあるいくつかの研究室では、何人かの生徒が指導教官と共に、いいともをながめつつカップラーメンでも啜っているのだろう。いつの時代も、学生と言う奴は呑気なものだ。もっとも、何処からともなく漂ってくるカップラーメンの匂いに釣られて、学校中を駆け回る奴と比べれば、のん気な方が良い様に思えるが。
 なにはともあれ、こと味噌に関しては犬並みの嗅覚である。その能力を少しでも社会の役に立てるようにしてもらいたいものだ。俺は、塩吹きババアとあっち向いてホイに興じている、無駄に慌しい奴を見ながらぼんやりとそんな事を思った。あれ、どうしたんですか皆さんおそろいで。お昼ですか、なら丁度良いですね、私も今から食べようと思っていたところなんです。気づくと俺たちの前に徳利さんが立っていた。彼女は、そう言って白い湯気と共に味噌の良い匂いが漂ってくるカップラーメンをテーブルの上に置いた。