「味噌舐め星人の学問」


 そうこうしているうちに、味噌舐め星人がキッチンから帰って来た。手には塩吹きババアが作った澄まし汁と味噌のパック。さらに、パックの上に昨日俺がお土産としてもらってきて、今の今まですっかりと忘れていた五平餅が皿に盛られて載っていた。五平餅からは微かながら湯気が昇り立っていて、味噌舐め星人がそれをレンジで温めたのが確認できた。俺は、よくそれがあるのに気づいたな、すっかりわすれていたよと極力いつもの調子で彼女に話しかけた。だが、まだ彼女の中では機能のやり取りを引きずっているらしく、またぷいと俺から視線を逸らすと、塩吹きババアに寄りかかるようにして卓袱台の前に座った。お姉さん、お姉さん、せかっく作ってくれたけど、これは飲めません。味噌汁じゃないと飲めません。だから、これにお味噌を入れてもいいですか。味噌汁にしちゃってもいいですか。味噌舐め星人は、手に澄まし汁を持つとそれを塩吹きババアに見えるように突き出して尋ねた。
「もちろん。嫁殿がそう言うだろうと思ってワシも澄まし汁を作ったのだ」
 ささ、どんどんと味噌を入れてやってくれと、塩吹きババアは味噌舐め星人に微笑みかけた。未だに何故だか分からないが、味噌舐め星人に対して塩吹きババアは気持ち悪いほどに優しい。その優しさの幾らかを俺にも注いでくれたって良いだろうにと常々思う。あの、その、もしかして、三人兄妹でこの家に暮らしていらっしゃるんですか、え、けどけど、今、嫁殿って妹さんのことをそちらの方が……。まぁ、この状況にあって混乱するなと言うのが無理だろう。渦中の人間ですら把握できていないのだ。気にしないでくれ、こいつのいつもの与太だからと、俺は塩吹きババアを箸で指して言った。
 黙々と手にした五平餅と味噌汁に口をつけながら、味噌舐め星人は伺うようにして俺と酒呑み星人を見ていた。間抜けな彼女には、逆立ちしたってさりげなく他人の様子を伺うことなど出来はしない。キョロキョロと伏し目がちの目が、彼女が啜っている味噌汁の椀の上を泳いでいた。よそ見していると、溢すぞと注意したが遅い。味噌舐め星人はついついこちらを観察するのに集中力を注ぎすぎ、あっと言葉を漏らしたかと思えば、次の瞬間にお椀の中身を卓袱台と服の上にぶちまけた。どうにも情けない大学生だと、あきれ返っていると、過保護な塩吹きババアがすぐにタオルを持って来て、丁寧に彼女の身体を拭いた。熱いです、くちゃいです、恥かしいですと涙目をしている味噌舐め星人を、俺より賢い部類の人間と思うことは出来そうにない。
 なにがそんなに気になるのかと俺は直球に味噌舐め星人に聞いてみた。味噌舐め星人は悩ましげに眉をつりあげて、酒呑み星人の方を睨んだ。また女の人を連れ込んで、今度はいったいなんなんですか、どういう人なんですか。お兄さんてばやっぱり人でなしです。女の人にデレデレと鼻の下を伸ばして、とっても最悪な人でなしです。だから、それは人でなしではなくて、女ったらしと言うのだと俺が突っ込むと、なんだ女ったらしの自覚はあったのかと塩吹きババアが事情も知りやしないのに適当な事を言ってきた。やれやれ、砂糖女史の一件以来、どうにも五月蝿くなってかなわない。俺の女房じゃあるまいし、俺がどんな女性と一緒に居ようが別に構わないだろうに。