「酒呑み星人はよく呑みに来る客だ」


 すみませんね、勘弁してやってください。どうもこの人、相当に酒癖のほうが悪いらしくって。飲まれる前は普通の方なんですが。熱燗を酒呑み星人に取られた板前が、なぜか奪い取った彼女に代わって俺たちに謝った。はたして板前がそんな風に彼女を庇うとは思わなかった俺たちは、少し面食らった。なぜ彼が見ず知らずの、というか客である彼女の横暴をフォローしなくてはいけないのだろうか。いや、もしかしたら見ず知らずと言う事はないのかもしれない。もしかして、板さんの知り合いかい、とすかさず俺は聞いた。
 知り合い。知り合いと言うか常連と言うか、居座られてしまったと言うか。板前は言葉を捜すようにしばし目を泳がせて、それからぽつぽつと思い出すように語り始めた。つい一週間くらい前なんですけれどね。近所のスーパーで惣菜の仕入れを済ませて店に向かう途中、一升瓶を抱えて道端で寝ている彼女を見つけたんですよ。寒い時期ですから、そんな所で寝ていたら風邪を引きますよと声をかけたんですがどうにも返事がない。このまま放っておくのも忍びなく、すぐそこだったので背負って店まで連れ込んだんです。まぁ、その日はその後すぐに彼女は目を醒まして帰って行ったんです。けど、次の日改めてお礼に現れた時、ついでですから一杯飲んで行ったらどうですかとお誘いしたのが運のつきという奴でしょうか。一口酒を飲むや、彼女ときたら人格が変わる変わる。飲む前は本当に見るからに朗らかで人当たりのいいお嬢さんだったんですが、飲むとこんな傍若無人な感じに変わってしまって。しかもですね、こんな店のどこが良いのかさっぱりわからないのですが、彼女妙にここを気に入ったらしく、以来毎日やってくるようになったんですよ。
 なるほど、板前のまったく要領を得ない冗長な説明に、俺は少し頭が痛くなった。寡黙かと思いきや、この男この板前、一度話し出すと止らない類の人間らしい。やれやれ、つまりだ、彼女は最近よく来るようになった客であり、彼が彼女の為に謝ってやる関係も理由も、何もないというわけだ。なるほど確かに彼女との馴れ初めの話は面白いが、そういうのは当人達の結婚披露宴でやってくれ。まぁ、縁あって二人が結婚するならばの話だが。
 どうやら目の前で申し訳無さそうに俺たちに頭を下げる板前は、その愛想や外見から俺が思い描いていた印象よりも、実際は随分と穏やかな人間であるらしい。前回、土産に五平餅を持たせてくれたあたりからも言えるが、基本はいい人なのだろう。そして、そんな彼の顔を立てないわけにもいかず、まぁ酒呑み星人とはいえ常連が増えたんだから良かったじゃないですか、と俺は板前に言った。板前はなんだか照れくさそうに顔を背けて頷いた。こんな困った客でも、無理に追い出さず客として扱う辺りやはり人が良いのだろう。もっとも、そこまで人がいいくせに、平然と客にスーパーの出来合いの料理を出すのはどうかと思うが。さらっと言ったが、俺は聞き逃さなかった。
 酒が足りませんよ、なんで注文しないんですか。酔いが醒めたら酒が不味くなるでしょう。酒呑み星人が突然顔を上げ、俺達を睨みつけた。頼んでも片っ端からアンタが横取りするんじゃないかと俺が言うと、じゃぁ、一度に三杯頼めば良いでしょうと酒呑み星人が叫ぶ。流石に苦笑いも出なかった。