「砂糖女史の襲職」


 話は突然戻るのだが、どうやら砂糖女史はメイド喫茶で働きたかったらしい。味噌舐め星人に続いてミリンちゃんまでお手洗いに行ってしまいすることのない俺は、メイドと大勢の客が集まっているステージの方をぼんやりと眺めていた。すると、大勢の客を相手にジャンケンをしていたメイドに、突然砂糖女史は飛びつく姿が眼に入った。今まで店に存在していた騒がしさとは少し異質な客たちのざわめきが沸き立つ中、砂糖女史は困ったような表情で、メイドさんを捕まえました、それで、これからどうすればよろしかったんでしょうと、遠いステージからわざわざ俺に声をかけた。客とメイドたちの視線がそれを境に俺に向けられる。まったく、なんで君たちは俺の言葉をそう難しい方向で解釈をしてしまうんだ。頼むから、勘弁してくれよ。
 俺はできる事ならば、知らぬ顔して水でも飲んでいたかったが、どうにも場の空気がそれは許してくれなかった。すみません、その人メイドになりたいそうなので、雇ってやってくれませんかと、俺は下世話にも砂糖女史をメイド喫茶メイドさんに紹介してやった。マネージャーと思われる少し大人びた感じのメイドが、貴方、うちで働きたいのと砂糖女史に尋ねた。はい、もしよろしければ、働かせていただきたいです。砂糖女史があいかわらずの舌足らずな調子で言うと、途端に店内にご主人様達の歓声が沸き起こった。
 新しいメイドさんだ、新人メイドだ、見習いメイドだ。あからさまに萌えだとか、モエだとか、もえだとかは言わない辺り彼らはライトなご主人様なのだろうか。それとも俺の持っているご主人様へのイメージが間違っているだろうか。なんにせよ、店内に居るご主人様たちは新しいメイドの登場を喜んでいたし、心から祝福しているようだった。悪い気分はしない。はしゃぎ、笑い、喜ぶ彼らからは、ある種の部活動的な一体感を感じ取れた。はたしてメイド喫茶に集まってお互いを高めうる事があるのかどうかは分からないが、善意に満ちた相互理解の場が今ここに存在しているように俺には思えたのだ。
 やる気と行動力はあるのね、おまけに天然でドジっ娘属性持ち、うぅん、今のお店にはない人材だわ。ただ、ちょっと髪の毛が短すぎるのが気になるけれど。どうかしらご主人様、この娘雇ってさしあげてもよろしいですか。よろしいです、と、客たちの声が重なった。だ、そうよ、よかったわね。マネージャーと思しきメイドは、そう言って未だお立ち台のメイドにがっちりとしがみついている砂糖女史の肩を叩いた。ありがとうございますだとか、これからよろしくおねがいしますだとか、そんな事を、言葉を噛み噛み砂糖女史は言っているように俺には見えた。視覚で判断するほかなかったのは、彼女が何を言っているか聞き分けようにも、興奮冷めやらぬ客たちの声により、店内は騒然となりとても砂糖女史の声が遮られてしまったからだ。流石にここまで騒がれるとちょっと煩わしく感じられてくる。隣の店から苦情の一つでも来るんじゃないかと、俺は念願の水を口に運びながらふと思った。
 何を騒いでいるんだ、上に事務所があるんだから静かにしたまえ。奥から出てきた男が、空気を読まずにそんな事を叫んだ。威圧的に、客を客とも思わぬ眼で睨みつけると、彼は二言目に雅さん、と、砂糖女史の名を呼んだ。