「ミリンちゃんの敵手」


 あの、すみません、ここで働くにはいったいなにをすれば良いんでしょうか。砂糖女史はあいかわらずおっとりとした調子で俺にそんな事を聞いた。メイド喫茶がいったいどのような基準でメイドを雇っているのかは、俺もその手の話しにはさっぱり疎いので分からない。正社員待遇なのか、契約社員扱いなのか、アルバイトなのか、パートなのか。副業でも可なのか、副業も可なのか。大卒以上が望ましいのか、高卒や中卒でも構わないのか。話し上手でなくてはいけないのか、聞き上手でなくてはいけないのか、芸ができなくてはいけないのか。セクシーでなくてはいけないのか、キュートでなくてはいけないのか。他にも色々とあるだろうが、ただ一つ確かに言えることは、店の採用担当とアポイントを取って、面接の日に履歴書と印鑑を持って店なり事務所なりに訪問しなくちゃいけないということだ。メイド喫茶と言っても、その採用過程は普通の会社となんら変わりはないはずである。たぶん。
 メイドさんを捕まえてここでメイドとして働きたいんですけどって言えば良いんじゃないかと、俺は砂糖女史に言った。砂糖女史は注意深く辺りを見回して、けれどアルバイト募集の紙はどこにも張ってありませんよと、酷く心配そうな、酷く心細そうな表情を俺に見せた。それは、そんな物が壁なり入り口なりに張ってあったらせっかくの気分が台無しだろう。だいたい店に来る客は男ばかりなのだから、求人広告を店内に張った所で効果があるとも思えない。妙な心配をせずに話だけでもしてみれば良いんだよ、それに幸いもここは、店員と仲良くお話しするのが目的の店なんだし。俺がそういうと砂糖女史はどうにか納得してくれたらしい。わかりました、メイドさんを捕まえて話をしてみますと、彼女はテーブルから立ち上がると、メイドたちがおそらく常連である思われる男たちと、楽しそうにジャンケンゲームをしているステージの方へとふらふらと迷うような足取りで歩いていった。
 それでミリンちゃんは今日はどうしてそんなに不機嫌なんだい。砂糖女史に次いで味噌舐め星人もトイレに消え、俺たち二人がテーブルに残された。そこで、俺はミリンちゃんにその苛立ちの理由に付いて尋ねてみた。私の心配より、お姉ちゃんさんの心配をしたらどうです。せっかく心配してやったというのに、ミリンちゃんは随分とつっけんどんだった。心配無用という感じであった。もっとも、本当に心配無用なら俺の足をわざわざ踏んづけて、不機嫌である事をアピールしたりしないだろう。暫く黙っていると、ミリンちゃんは独り言を呟くようにして、イベントであった出来事を話し始めた。
 お膳立てに使われたのです。私と同じ、食品会社の新しいマスコットガールの、ぽっとでの新人アイドルのお膳立てに。別に、他のアイドルと仲良くするのもお仕事の内だから、お膳立てに使われたこと自体は怒ってないのです。ただ、その事を事務所が私に黙っていたことが気に食わないのです。そう、気に食わない。おまけにそのアイドルの衣装に合わせて、私がメイド服を着せられたのも釈然としないのです、私のイメージはどうなるんですか。
 落ち目のアイドルは大変らしい。ミリンちゃんはクリームソーダのクリームを一口に飲み込むと、メロンソーダをストローを使わず一気に煽った。