「味噌舐め星人の舞台」


 お兄ちゃんさんは来なくて良いですよ。あそこのお店で、あそこの百貨店でお別れですよ。仲良く手を繋いで歩くミリンちゃんと味噌舐め星人。そのご機嫌な背中をそ知らぬ顔で、何食わぬ顔で尾行していた俺に、振り返りざまミリンちゃんは無慈悲な言葉をかけた。たまたまだよ、俺の用事のある場所とミリンちゃんのイベント会場が同じ方向にあるだけさ、と俺は誤魔化した。邪険そうにこちらを睨みつけるミリンちゃんの後ろで、味噌舐め星人が申し訳無さそうに苦笑いを浮かべている。まぁいいよ、気にするなよと肩を上げると、味噌舐め星人は少し安心したようだった。一方でミリンちゃんは俺に小馬鹿にされたと勘違いしたのか、余計に不機嫌そうな顔になった。
 どうしたミリンちゃん、そんな酷く不機嫌そうな顔をして。今からイベントだっていうのに、そんな顔してたんじゃせっかく来てくれたファンの皆もガッカリするぜ。ミリンちゃんはぷぃと首を正面に戻し、俺の言葉を無視した。挑発と勧誘は無視するに限る。なるほど、中学生だというのに驚くほどに世間馴れしていらっしゃる。立派に小賢しく育った妹を俺が誇りに思っていると、前方の大型交差点――首都高速道路の高架下にある――の信号が赤に変わった。ミリンちゃんと味噌舐め星人が止ったので俺も止ると、止り際にたちくらみか何かでよろめいた振りをして、ミリンちゃんが俺の足を力いっぱい踏みつけてくれた。やれやれ、誰の教え方がよかったのか知らないが、ミリンちゃんはこの歳にして、小賢しく強かに執念深く育ってくれた。
 ミリンちゃんはイベント会場というものの、その実体は商店街の中央広場になるモニュメント前に、三人から四人が座れそうな長椅子を幾らか並べただけのものだった。モニュメント前には幾つかの大きいスピーカーが置かれていたが、路上ライブをやっている売れない萌え系アイドルグループのが、まだもうちょっとマシな設備を使っているんじゃないかとも俺には思えた。なんでついて来るんですか。言っておきますけれどお兄ちゃんさんの席は、客席にもスタッフ席にもありませんからね。だからとっととどこかに行ってください、いや、行け。ミリンちゃんは怒った調子でそんな事を俺に言った。しかしどこをどう見てもスタッフが座っている席なんて見つからなかったし、客席もファンらしき人たちが並ぶ前一列を除いて、あきらかに人は疎らだった。ねぇお兄ちゃんさん、貴方、今、とても失礼なことを考えたでしょう。やれやれ、俺は思った事を素直に言う事にして、座るところなら結構あるみたいだけどミリンちゃんに告げた。ミリンちゃんはちょっと苦しげな表情をして押し黙ると、これからすぐに一杯になるんですと言った。スタッフ席も見当たらないんだがと言うと、椅子が足りなくて急遽スタッフは立ち見になったんですと、広場の一角にたむろするお揃いのジャケットを着込んだ若者たちと、くたびれた黒い背広を着たミリンちゃんのマネージャーを指差した。
 ほら、だからお兄ちゃんさん早くどっかに行ってください。私のお仕事の邪魔ですから、私の視界から消え去ってください。どうやってもミリンちゃんは俺にイベントを見せたくないらしい。しかたないので俺は、三時くらいに味噌舐め星人を迎えに来ると言付けて、イベント会場を後にした。