「味噌舐め星人の震撼」


 クリームソーダとコーヒーが運ばれてきた。お子様ランチはないのに、お子様の好きそうな飲み物は置いている店の、クリームソーダとコーヒーが俺たちのテーブルに置かれた。コーヒーには銀色の指先程度に小さいコップに入れられたミルクと、人差し指ほどの長さの砂糖がついていた。角砂糖じゃないのが少し残念だったが、そんな事は俺のお向かいに置かれた、クリームソーダが抱えている問題と比べれば些細なものだった。クリームソーダは一つしかなかった。二つ頼んだはずなのに一つしか出てこなかった。
 すみません、それ一つ作ったところで丁度アイスクリームの方が切れてしまいまして。他のアイスクリームを使わないデザートにご変更願えませんでしょうか。コーヒーとクリームソーダを運んできた店員が申し訳なさそうに言った。そうですか、それなら仕方ありませんねと、ミリンちゃんはやけに分別のいい返事をしたが、内心不愉快でならないのは長年の付き合いである俺にはなんとなしに察せられた。きっと、八つ当たりに彼女はまた俺の足を蹴るのだろうな。思った矢先、本当にミリンちゃんは俺の脛を蹴り上げた。
 じゃぁオレンジジュースで良いです。もちろんお代はタダですよね。お品書きにあるものを出せなかったのですから、それくらいはしてもらえますよね。外見から、目の前に立っている店員がそんな権限は持ち合わせていないことは、恐らくはアルバイトであろうという事は充分に推測できた。俺に当たるだけでは飽き足らず、ミリンちゃんは店員にもその怒りの矛先を向けた。見るからに線の細そうな奴でもある店員は、ミリンちゃんの横柄にもごもごと口ごもるように何か言おうとしたが、結局観念したのか、分かりましたと小さな声で情けなく返事をした。きっと自分の給料から引いて出すつもりなのだろう。暫く会わないうちにミリンちゃんも随分と強かになったものだ。
 それじゃぁ私は良いですから、お姉ちゃんさんがクリームソーダを飲んでください。ミリンちゃんはまたしても俄かに信じ難い事を俺たちに言った。あのクリームソーダが好きで好きで堪らなく、子供の頃は事ある毎にファミレスに連れて行くよう頼んだミリンちゃんが。駄菓子屋の粉末ジュースを水で溶いて、スーパーカップをこんもりと上に載せ、メロンソーダを家で作って飲んでいたミリンちゃんが。そろそろメロンソーダなんて恥かしくて頼めなくなる年頃なのに、平気な顔してメロンソーダを頼むミリンちゃんが、味噌舐め星人にメロンソーダを譲ると言い出したのだ。これはミリンちゃんを良く知る俺達にしたら、ちょっとした事件だった。ちょっとない事だった。
 それだけ言うとミリンちゃんは立ち上がった。どこに行くんだと聞くと、レディにそんな事を聞くのはデリカシーが無いです、いや、聞くな、といつもの調子で彼女は答えた。おそらくトイレだろうなと、俺は店の奥に歩いて行く彼女の背中を見送った。ふと隣を見ると、味噌舐め星人はメロンソーダを眺めて、顔をおどろおどろしい原色に染めていた。こんな凄い色の飲み物飲めません。こんな危ない色した飲み物飲めません、飲んだら死んでしまいます。その上に載っているのは甘い味噌だぞと、俺は味噌舐め星人をからかって言ったが、怨めしそうに俺を睨むだけで、やはり彼女は口をつけなかった。