「塩吹きババアはお留守番した」


「おぉ、意外に帰ってくるのが早かったのう若者、それに嫁殿。きっと日をまたぐものと思っておったが。どれどれ、ワシを置いてきぼりにしての飲み会は楽しめたかのう? うむ、楽しめたか、それは良かったのう……」
 塩吹きババアはどこで拾ってきたのか小汚いジャンプから顔を上げると、怨み節を利かせて俺たちにそんなことを言った。それで、俺はすっかりと、醤油呑み星人に気を取られて、塩吹きババアを置いてきぼりにした事を思い出した。もっとも、先にあの場所から勝手に消えたのは塩吹きババアの方なのだけれど……。さっきから、塩吹きババアの口から噴出される塩風が、微妙に眼に入って痛いので口答えするのはよしておこう。彼女の勘気に触れないよう、俺は、ごめんよちょっと奢りなもんで浮かれていたんだと謝った。
 しばらく塩吹きババアはそんな調子でぐずっていたが、味噌舐め星人がお土産の五平餅を差し出すと、途端に上機嫌になって、やれお茶を用意しろだの、やれ肩を揉めだの妖怪の癖して色々と俺に命令をしはじめた。律儀に、というか断るとせっかく機嫌が良くなったところがまたややっこしくなりそうだったので、俺は彼女の言葉に従った。そうやって俺が大人しく従うと、何を勘違いした味噌舐め星人の奴も、私の肩も揉めだとか味噌汁を作れだとか訳の分からない増長したので、俺は彼女に本日二回目の拳骨をみまった。
「ふむ。なかなかに美味いのう、この五平餅は。なかなか、よい店に行っておったようではないか。もったいなかったのう、見えなくてもついていけばよかったかもしれん。ううむ、今度行く時は必ずワシも連れて行けよ」
 五平餅以外の料理がどんな出来栄えかを知らない塩吹きババアは、露骨に『居酒屋つぶれかけ』に行けなかったことを悔しがった。今度の五平餅は美味しかったのか、また食べに行きましょうねと味噌舐め星人も言った。まぁ、その内になと、俺は彼女達の言葉を適当に誤魔化して、布団を敷いた。色々あってろくに呑めなかったが、酔いが回ったのか早く眠りたい気分だった。
 俺が布団に横になると、覆い被さるようにして味噌舐め星人が俺に抱きついてきた。寝るなら自分の布団を引けよと俺が言うと、いやです、いやです一緒に寝ますと妙に甘ったれた事を言った。味噌舐め星人は酒も飲んでいないというのに、なんだか酔っているようだった。俺の体に乗っかった彼女はネコの様にゴロゴロとその上で転がったかと思うと、次の瞬間には静かに俺をじっと見つめていた。俺がそんな彼女の頭をくしくしと掻き混ぜると、とても擽ったそうに味噌舐め星人は眼を瞑り、口の端を満足げに吊り上げた。
「ふむふむ、見せ付けてくれるのう。どれ、おあついお二人さんにはお寒いお化けのワシは無用じゃろうて。ワシはここいらで失礼する……およ?」
 駄目です、お姉ちゃんも一緒に寝ましょうよ。味噌舐め星人が、帰ろうとしている塩吹きババアの帯を引いた。帯を掴まれた塩吹きババアが俺の方を困ったような目で見る。困ってるだろう、離してやれよと俺が言うと、嫌です、今日はみんなで一緒に寝ましょう、と、味噌舐め星人は子供の様にごねた。やれやれ、お化けと添い寝なんてぞっとしねえな、と俺は思った。
「これ若者、お主またワシに対して失礼な事をおもったであろう」