「味噌舐め星人の旋律」


 塩吹きババアの話と味噌舐め星人の話は断片的だった。その断片的に語られる話と話を繋ぎ合せて、俺はなんとか一応の道筋を見つけた。どうやら、今日の昼俺がコンビニに向かった後、味噌舐め星人はすぐに目を醒ましたらしい。それで俺が部屋に居ないことに気づいて酷く取り乱した。まったく何処へ行くとも告げずに居なくなった俺を、味噌舐め星人は消えてしまったと思ったらしい。昨日の夜現れたお化けに食べられて消えてしまったと思ったらしい。それでおいおい泣いたとか、怯えて布団を思わず被ったとか、そういうことは濁されたので良く分からない。とにもかくにも、そんな感じに彼女は錯乱して、最終的にこの部屋から飛び出そうとした。この部屋から、この部屋に棲むお化けの魔の手から逃げ出そうとしたのだ。ドアノブを右へ回し左へ回し、味噌舐め星人は部屋から出ようとした。そして、やっとドアに鍵がかかっていることに気づいた味噌舐め星人が、鍵を外してドアを開けると、玄関先に塩吹きババア立っていたのだという。
「ふむ、おかしいのう。ここは若者の家だったと思うが……。そなた、若者の連れ合いか? なるほどなるほど、あやつもすみに置けぬ奴よ。まぁそれはよい。悪いが嫁殿、若者を出してもらえるかのう、ちと話があるのだ」
 突然現れて自分の事を俺の嫁扱いする謎の女に、味噌舐め星人はなんの警戒心も抱かなかった。どう考えても怪しい風体――彼女は透けそうなくらい色の薄い白のワンピースを着ていた。それはこの季節に着るにしては随分薄手だったし、外を歩けるような意匠の物でもなかったし、なにより長く伸びた裾は足元が隠れるほどあった――をしているというのに、味噌舐め星人は何も感じず、若者はこの家には居りません、もう居りません、と、塩吹きババアに答えたらしい。なぜ、と塩吹きババアが問い返すと、突然居なくなってしまったのです、消えてしまったのです、私が寝ている間にあの人はどこかに消えてしまったのです、と、味噌舐め星人は心細そうな顔で答えた。
「そうか、するとあやつはバイト中か。やれやれまいったのう、これだから定職に付かぬ輩と連絡を取るのは難しい。うむ、それでは嫁殿、申し訳ないがここであやつが帰ってくるのをまたせてもらうが、よろしいかの」
 味噌舐め星人は面食らった顔をして、戻ってくるのですか、ちゃんと戻ってくるのですかと、質問を質問で返したそうだ。そこからは、すっかりと生来の元気を取り戻した味噌舐め星人と、意外にノリの良い塩吹きババアとで、テレビを見たり、本を読んだり、おしゃべりをしたり、俺の悪口を言ったり。気が付くとすっかり夜も更けていて、もうそろそろバイトも終わって帰ってくるころだろうかと言っていたところに、ちょうど俺が帰ってきたのだ。
 はたして、塩吹きババアがいったいどういう思惑で、味噌舐め成人の前に姿を現したのかは俺には分からない。もっとも、塩吹きババアが俺の前に現れて警告をしていく理由さえ俺には分からないのだ。分からなくて当然といえば当然だった。けれどもそのおかげで、味噌舐め星人が外に出て行く事はなかった訳だ。結果として、塩吹きババアが俺を助けた事は確かだった。
 気づくと塩吹きババアが、意味ありげな笑みを俺の方へと向けていた。