「味噌舐め星人の心配」


 俺がコンビニでの務めを終えた頃には、もうすっかりと辺りは夜の闇に包まれていた。乳白色をした月が浮かんでいる夜空を見上げながら俺は、起きて俺の姿がどこにもないと味噌舐め星人は驚くかもしれないな、と思った。ライトを点けスタンドを蹴ってサドルに跨り、俺は自転車を夜の街へと発進させる。味噌舐め星人の驚き慌てる顔を思い描くと、自然と足に力が入った。
 俺は何とかコンビニに復職する事ができた。復職した上に正社員の件も考えてくれる事になった。それは三流高校を出て三流大学に進学し、三流の会社を一ヶ月で止めた、絵に描いたように職能なしの社会人の成り損ないな俺にとって、喜ぶべき事だった。確かに、コンビニの正社員はアルバイトと比べれば収入は少ない。他に保険や年金、各種税金を肩代わりしてくれるアテがあるのなら、アルバイトをずっと続けているほうがマシだ。けれども、俺はもうそういうわけにもいかない。家を出たときに親から扶養家族から外されていたし、国民年金も毎年一括で支払っていた。今更あの居心地の悪い家に戻るつもりもない状況で、味噌舐め星人と言う家族のようなものができてしまった。幸い俺は健康なので健康保険に加入することなく今まで来る事はできたけれど、彼女はどうかは分からない。これからは自分の事だけでなく、彼女の事も考えて働かなければならないのだ。はたして彼女を俺の扶養家族に入れられるかどうかは分からない。彼女は宇宙人なので、国籍はもちろんのことちゃんとした名前だって持っていないのだ。更に彼女は俺の嫁でもないし妹でもないし姉でもないし子供でもない。そんな彼女をどうやって俺の扶養に入れるというのか、はたして入れることはできるのだろうか、てんで法律に詳しくない俺にはさっぱり分からなかった。だが、それでも、何かあったときの為にしっかりとした保護を国家から得られるようにしておく必要があるなと、俺は考えた。俺一人で生活するなら、健康保険も税金も関係ない。けど、職も無く、これから働ける先も無さそうな味噌舐め星人の事を考えると、そんな勝手を言う事もやることも、もう俺にはできそうになかった。
 まぁ、味噌舐め星人を俺の扶養に入れる方法については追々考えよう。もっとも味噌舐め星人が俺とずっと暮らすという前提自体が崩れる可能性も決して低くは無いのだ。ふらっと俺の家にやってきた彼女は、またふらっと俺の前から姿を消すかもしれない。責任をとれという彼女の言葉に踊らされ、やがて悲しき童貞ピエロ。すっかりと俺は味噌舐め星人に毒されているらしい。
 俺は自転車を漕ぐ足を早めた。すっかりと夜は冷え込むようになった、夜闇の中に自分の吐息がそれと分かるほど白むような、そんな夜だ。コンビニと俺のアパートはそこまで離れちゃいないので、俺が本気でペダルを漕ぎ出せばすぐにアパートへは着いた。アパートの駐輪置き場に自転車を止めるとチェーンを車輪の間に通して施錠し、自分の部屋へ俺は階段を駆け上がった。
 もう一つ、考えなくちゃいけないことがあった。俺がいない間、味噌舐め星人をどうするか、だ。彼女は俺のいない部屋で大人しくしていられるだろうか、話し相手が居なくて寂しく無いだろうか、そしてなによりまた勝手に味噌を舐めやしないだろうか、と、そんなことが俺には少し心配だった。