「店長、土下座する」


 膝の上から枕の上に味噌舐め星人の頭を移し、風邪をひくといけないので布団を被せると、俺は部屋から出てコンビニへと向かった。自転車に乗って、漕ぎに漕いで、俺は昼間の半袖に少し肌寒い街の中を俺はひた走った。
 店について裏手に回ると店長が待っていた。土下座をして待っていた。まるで俺が来るまでの間ずっとそうしていましたとでも言うように、額を頭に擦り付け無言で店長はそこに居た。なんでこの馬鹿は土下座をしているのだろうか。なんで、自分がクビにしたバイトを呼びつけて、この馬鹿は土下座をするのだろうか。何してるんですか店長、と俺は顔を上げない彼に言った。
 開口一番彼が口にした言葉は、すまん、だった。すみませんでも、ごめんなさいでもなく、彼は高慢にも、すまん、と俺に謝った。なるほど、あくまで自分のが立場は上だと言いたいわけだ。そんなんじゃ、誰も許しちゃくれないぜと俺が冷徹な目で彼を見ていると。なんとなくその場の空気を察したのか、店長は、ごめんなさい、私が悪うございました、と、謝りなおした。それでもまだ足りない……、こともなかったのだが俺が暫く黙っていると、彼は突然立ち上がって俺に縋りついた。ごめんなさい、ごめんなさい、クビにするなんて言って本当にごめんなさい。私が間違っていました、一日一人で店を切り盛りしてもう懲りました、君がいないとこのコンビニはろくに営業できないって事を思い知りました。お願いします、戻ってきてください。この通りですから、これまで通りうちで働いてください。
 俺はなんだか最近こうやって誰かに謝られることが多いなと思った。それにしても、俺が居ないとコンビニがろくに営業できない、か。俺としては、そんなに仕事をしていたつもりはないのだが。まぁ確かに、バイトの学生達はいかにお金を楽に稼ぐかということに執着していて、必要以上のことはしようとしないし。パートのおばちゃんには家庭があるから長時間バイトに入る事はできないし。俺以外にろくなフリーターも居ないし。店長は無能だし。そんなコンビニを何とか営業しようと思うと、何かと段取り良くやらなくちゃな、くらいには思っていたが、そうかそこまで俺は仕事をしていたのか。
 いや、というよりも、店長がバイトに依存するってそれはどうなのよ。頼むからもうちょっとしっかりしてくれ、もうちょっとしっかり仕事してくれ。バイトの一人や二人、平気でクビを切れるくらいには仕事してくれないと、こっちも安心して止めるに止めれない。やれやれ、本当に世話のかかる店長だ。俺はもうすっかり店長にあきれ返って、しかたないから戻ってやるかという気分になってしまっていた。そしてなにより一刻も早く、この情けなく鼻水と涙を垂らしてバイトに懇願する三十路に差し掛かった童貞を、俺の体から引き離したかった。さっきから、色々な汁が服や顔に飛んでくるのだ。
 分かった分かった、分かりましたよ、店長。そこまで言うなら俺も水に流しましょう。クビの話は聞かなかったことにします。本当かい、本当に店に戻ってきてくれるのかい、と店長は言った。俺が頷くと、店長は年甲斐もなく飛び上がって喜んだ。ただし、と、俺は付け加えた。せっかくだから、この際俺は言ってみることにした。俺を正社員にしてくれないか、と。