「味噌舐め星人の慟哭」


 扉を開けて俺が部屋に入ると、味噌舐め星人は慌てて卓袱台の前から飛び起きて部屋の隅に戻った。また俺に背中を向けて、明後日の方向を見つめて、味噌舐め星人は俺と会話するのを拒絶した。もういいだろう、いい加減なにか喋ってくれよと俺は味噌舐め星人に言ったが、やはり彼女は何も言ってくれなかった。どうしたものかなぁと考えあぐねた俺は、とりあえず味噌舐め星人に近づくことにした。すると、味噌舐め星人は座ったままぴったりと部屋の隅に張り付いて、こちらを見たくない、俺を見たくないという意思表示をしてみせたのだった。やれやれ、この意固地な子供はいったいいつまでこんな事を続けるつもりなのだろうか。一人っ子で恋愛だってろくすっぽにした事の無い俺には、子供の機嫌の直し方なんてまったく分からなかった。
 いつだったかテレビ番組か何かで、子供と話すときは怯えないように視線をあわせてあげる必要があると聞いたことがあった。また味噌舐め星人は怯えているのかもしれない。こんなことでも怯えているのかもしれない。だとしたら、少しくらいはあの勇敢で命知らずな醤油呑み星人を真似て欲しいものだ。俺は味噌舐め星人の視線に会わせるようにしゃがみこんだ。彼女の背中にぴったりとつくようにしゃがみこんで、畳の上に胡坐をかいた。味噌舐め星人とのこれからのやりとりは、長期戦になる事は間違いないだろう。
 そんなに味噌屋に行きたかったのなら悪かったよ。けれど、今日は市役所に行くのが目的だったんだ、外で食事をするつもりは元々なかったんだよ。捉え方によっては、最初から外で食べないと決め込んで、彼女の頼みを流していたんだと、そう思われてもしかたない、そんな言い方だった。けれど俺は、あえて選んでそういう言い方をした。だから食べれなくてもそう残念がらないでくれとも、だからお前の頼みを流したんだとも、明言しなかった。味噌舐め星人の幼稚さに付け込んでいる様で気分が悪かったが、彼女に本当の事を言って怒らせる気にもなれない。それなら全て彼女の判断に任せてしまおう。いや、単に俺が卑怯なだけだ、彼女の怒りを受け入れる度量が俺にないのが、そもそも問題なのだ。本当に、俺は気分が悪かった。
 味噌舐め星人は押し殺すように唸った。涙を堪えているようなそんな声だった。いったいなにを我慢しているのか? 幼稚な様に見えて、実は彼女も自分の置かれた状況と言う奴を理解しているのかもしれない。勝手に他人の家にあがりこんで、味噌を食らって居座って、服を買ってもらい、寝具を買ってもらい、アイスクリームを買ってもらって、今、味噌屋に連れて行ってもらおうとしている。そんな我儘が許されるのか。宇宙ならともかく、地球のしかも日本じゃちょっとそうはいかない。あつかましいぞと叩き出されても文句は言えない。おまけに俺は現在絶賛失業中で、昨日買ったアイスで財布の中身もすっからかん。もしや味噌舐め星人は、それを分かっているのだろうか、理解しているのだろうか。それで、味噌を我慢することを納得したのだろうか。味噌をねだる事はできないと納得したのだろうか。味噌舐め星人は何も言わずに俺の脚の中に頭と体を転がり込ませた。俺はそれでもやはり顔を向けてくれない彼女の長い長い黒髪を、優しく宥めるようにして撫でた。