「味噌舐め星人の同乗」


 市役所へ行く準備を終えた俺は、熊さんパジャマ姿とはがらりと印象が変わり、すっかりと大人っぽくなった味噌舐め星人と共に、マンションの外廊へと出た。味噌舐め星人はえらくご機嫌だった。また美味しいものでも食べれると思ったのだろうが、生憎俺は昼過ぎには家に戻るつもりだったので、お昼ご飯を外で食べるなんて考えはまったく無かった。また、財布の中に外食をする蓄えも無かった。そして、それをわざわざ味噌舐め星人に言ってやる必要も無かった。いやしんぼうの味噌舐め星人の事である、言えば必ず、そんな事を言わずにどこかに連れて行け、と文句を言うだろう。だから俺は、昨日のスガキヤの味噌ラーメンの様に、適当に嘘をついて誤魔化す事にした。具体的には、家の近くに美味しいご飯屋さんがあるから食べようと言って市役所周辺にあるレストランを素通りし、家に近づいたら、ここまできたらもう家でご飯食べようと、うやむやにする腹積もりだった。
 市役所までは自転車で行きたかったが、味噌舐め星人の乗る自転車が無い。しかたないので俺たちは市役所まで歩いていく事にした。俺の家から市役所までは、徒歩で凡そ十五分くらいでつく。徒歩で行くには少し遠く、自転車で行くには少し近い中途半端な距離だった。秋口に差し掛かっていたので、十時過ぎだというのに外気は少し肌寒感じられた。そんな中を俺と味噌舐め星人は二人で肩を並べて歩いた。俺の横で味噌舐め星人は終始はしゃぎっぱなしだった。今日はどんな美味しい物が食べられるのか、市役所とはどんなところなのだろうかと、俺に目を輝かせて尋ねてきたり、テレビで覚えたお歌を楽しそうに歌ったりとまるで子供のようだった。もう子供に分類されるには怪しい姿をしている味噌舐め星人のそんな姿は、道ですれ違う人達に少なからず不信感を与えたらしい。精神的に子供と言うよりは少々無邪気なだけなのだ、登山に行って晴れ晴れとした気分で歌を歌いたくなるようなそんな感じなのだろう、彼女としては。俺は見知らぬ土地を遊び歩く人間の感情を推し量って、味噌舐め星人の行動を援護することにした。けれども恥かしいものは恥かしく、通行人と眼が合うたびに俺の視線は泳ぎ、最終的には視線を伏せる事となった。俺がそんな恥かしい思いをしているにも関わらず、味噌舐め星人はそんな無邪気な行動を延々と市役所につくまで続けた。
 流石に市役所に入ると、周りの人間がせわしなく仕事をしている雰囲気に気後れしたのか、彼女も幾らか静かになったので、俺は少し安堵した。俺は味噌舐め星人とともにベンチに腰掛けて、椅子に紐で結び付けられた求人情報が綴じられているフォルダを手にとると眺めた。流し見た感じ、良さそうな求人は目に付かなかった。時給だけではなく、拘束時間や仕事の時間帯などを総合的に判断して、良いかどうかだ。時給だけなら幾らでも満足のできるバイトはあったが、深夜まで働かなくてはいけなかったり、一日五時間以上の勤務を要求されたりと、気が滅入るオプションが付いているのが多かった。まぁ、フリーターにとってそんな事は些細なことなのだが……。ふと、気が付くと腰掛けているベンチが微かに揺れていた。横を見ると、味噌舐め星人が退屈そうに足を揺らしている。もう良いかと、俺はフォルダを閉じた。