「穴蔵航平」


 穴蔵航平は醜悪な顔をしていた。子供の頃から醜かったので、ついぞ今の今まで異性どころか同性の友達さえできなかった。彼は醜悪な顔の上頭もそこそこに悪かったので、そこそこの高校にも入ることはできなかったし、そこそこの会社にも入ることはできなかった。ヤクザにもなれなかった航平は、十五歳でホームレスになった。醜く不出来で使い物にもならない、そのくせ障害者でもない航平を家に置いてやる優しさなんて彼の家族は持ち合わせて居なかったのだ。普通に愚かな弁輔はそうして夜の街を塒にして、烏の死体を食べたり、猫の死体を食べたりして暮らした。醜くて愚かな彼はホームレスにもなれなかった、ホームレスの仲間にもなれなかった。彼が望んでそうなったのだと彼の周りの人間は口を揃えて言った。彼は仲間に入れてとも言わなかったし、彼らに助けを自分から求める事もしなかった。求めなかったので、彼はコンビニの裏に置かれたポリバケツに手を出す事はできなかった。コンビニの裏のポリバケツにぎっしり詰められた弁当やおにぎりは、ホームレス達が取り決めで公平に分配していた。ホームレスになれなかった航平はしかたなく鳥や猫を食べた。そんなモノを食べれば腹の調子はもちろん悪くなる。赤痢や血尿が続いた腹は下膨れた。不潔な生活環境は彼のアトピー持ちの皮膚を蝕んだ。彼の皮膚は乾皮症に罹って、そこかしこに掻き傷と不気味な斑紋が浮かんでいた。髪を切る金も持ち合わせていない穴蔵航平は、腰元まで垂れ下がる長い髪をするようになったが、女と間違えて強姦しようとするホームレスさえ居なかった。それでも穴蔵航平は幸せだった。穴蔵航平には唯一自慰と言う金のかからない趣味が残されていた。彼は自慰をすることに関しては天才的だったので、おかずが無くても毎日せんずりをすることができたのだ。彼は本当に、自慰をすることにかけては誰にも負けなかったが、誰もそんな事で勝負したいとは思わなかったし、それを他人に見せるものではないという事を、愚かな頭で彼も理解はしていた。穴蔵航平の自慰は大抵トイレの中で行われた。公衆トイレの中で行われた。彼はホームレスのなりそこないになる前から、家の近くの公衆トイレで自慰をしていた。彼にとって、自慰をする場所とは公衆トイレの中だったし、トイレの中でなければ自慰をしてはいけなかった。そういう決まりに彼の頭の中ではなっていたのだ。彼は自慰をするときにトイレットペーパーで丁寧にその飛沫を受けた。包み込むようにしてそれを受けるので、毎回ティッシュペーパーが陰茎にこびり付いて不快な思いをするのだが、彼は離して陰茎をこするという事をついに思いつかなかった。たまたま入った公衆トイレで、トイレットペーパーが備え付けておらず、仕方なく便器に直接射精した事があったが、こびり付いた汚れと便器の冷たさが不快で以来二度とそうやってする事はなかった。そんな彼がある時トイレの中で女子校生と出会ってしまったのは災難だった。女子校生はちょっとした好奇心で男子トイレの中に入ってオナニーをしていた。そんなものを今まで一度だって女の秘所を見たことの無いケダモノに見せてはいけなかったのだ。刺激が強すぎる。刺激が強すぎた。穴蔵航平は鼻血を噴いてその場に仰向けに倒れて、二度と起きる事はなかった。南無三。