感想 「狂気の父を敬え」


 馬鹿の一つ覚えみたいに読み漁ってる鈴木輝一郎先生著。いや、本当ここ最近読んでる小説の中で、この先生の作品が一番俺の性に合ってる。それにしたって今回の作品は格別でした。
 毎回言ってるかもしれんので、価値ないかもだけど、今まで読んだこの先生の作品の中で一番面白い。いや、今回ばかりはもうほんと、この先生の最高傑作と言っても過言ではないかもしれない。いや、まだ現役で書いていらっしゃるのに失礼だろうけど。
 
 世間一般的に暗愚の将と呼ばれる織田信雄が主人公のお話。
 もちろんこの小説の中でも彼は愚かなのだけれど、この愚かさには、人間性には、個人的に非常に惹かれる。
 優秀すぎる父、一歩前を行く兄、頼りにならぬ家臣に、最も頼りにならない己。虚ろに燃える燭台の炎の先に、言葉を投げた時から彼の苦悩が始まった。


「親は天が選ぶが、主君は己が選ぶ。しかし、貴方はそのどちらも選ぶことはできない。しかし、母と違い父だけは心でなることができる。ならば、私は貴方の父になりたい、と思う」


 己を子と思う養父、北畠具教を弑した彼は、彼の残した言葉を自問しながら愚かな所業を繰り返す。それは彼にしてみれば戦国乱世を必死に生きようとしただけなのだけれど、そのどれもがなぜか悪い方向に悪い方向に転がっていく。
 自分の価値を示さねばと行った独力での伊賀攻略。しかし、伊賀者の罠に嵌められ、大敗し、重臣を失い、信頼も失い、そして逃げ帰った信雄。そんな彼に親子の情も無く死を申し付ける実父信長。申し開きに来た彼を許すでもなく諌めるでもなく、その鼻柱を叩き折って彼は言い放ったのだ。


「死ぬなら、死ねといわれた時に死ね」


 織田信雄には、死ぬことも、生きることも何一つ許されない。ただ信長の言葉に従うのみ。
 転落の先、失意の底にあって、実父が自分のことをただの駒としか思っていないことを知り、彼は父との決別を決意するのです。
 父とは何か、子とは何か。そして、己はどうやって生きていけば良いのか。
 燭台を前に自問自答を繰り返し、心を削り、悩む信雄。織田の一族で最も愚かと言われた彼は、なんのことはない自分の無力さに嘆く一人の若者と変わらなかったのだ……。


 なんかこう書くと、本当にそれっぽいですけど、本当にそれっぽいです。三成もそうなんだけど、こういう馬鹿って見てて痛々しくて、それでいて自分の生き方に通じる所があってついつい感情移入をしてしまいます。頑張れ信雄!! 負けるな信雄!! 生きていればきっといいことあるさ!!
 まぁ、そんな彼は片桐且元では見事な道化に成長するわけなんですがね。
 そうキャラクターのつくりも秀逸なんですが、話運びも本作は実に素晴らしい出来なんですよ。途中の忍者アクション、恐怖演出、忠右衛門に代表される小ネタ、そして序と了の綺麗な結び。実際に読んでもらったら分かるんですが、もうこれは完璧な出来です。口を挟む余地が無いです。
 ぶっちゃけたところ、片桐且元浅井長政の時は、ちょっと演出に置いてきぼり感を感じた所もあったのですが(たぶん私がまだ子持ちじゃないので分からない部類の話だったのかもしれないけれど)、これはもうすんなりと入ってきましたよ。だいたい漢詩とか良く分かるよなこの人、教養がものすげぇ……(ry


 しかしまぁ、思いがけず青春物の様なテイストの作品を読んでしまい、私興奮冷めやりません。もう今すっごい悶々してます。けど悶々しながらもどこかに清涼感を感じているのはこの作品がはじめてかも。是非にも図書館に入ってたら手にとって見てください。新潮社さんは頑張って映画化してください。これは配役次第ではかなりいい所いけますよ!! きっと!! オススメ!!