竜の王と竜の姫 第十二話


「つまり、俺がおとなしく去らないなら、手段は問わないって事だな」
「エルフ自治領は、強大な四国に周囲を囲まれながら、各部族が協力する事で長らくの独立を保ってきました。何者の力も借りずに。今までも、そしてこれからも。貴方の存在は、エルフ自治領の不穏分子でしかないのです」
「だろうな。この少人数で意見が半分に割れるんだ、それも仕方ねえか……」
「貴方の後釜には、メイを据えるつもりです。彼女なら、きっとこの東の村を平和に治められる」
「ちがいねえ。まぁ、メイに任せりゃ、安泰だろうな」
 そういうと、アルは降参のしるしに両手を挙げた。それを見て、ノイが微笑む。ノイがまた聞こえぬ言葉で何か唱えると、すっと手の中の光が収まる。また、アルの周りを回っていた電撃もすっと空気に溶けていった。
「貴方がエルフなら、まぁそこの能無しよりは使えたんでしょうが、残念です」
「なにせ得体の知れない生命体だからな、俺様は」
 多少の皮肉を込めてアルは言う。今回は本当に皮肉のみ、負け惜しみだ。せっかく、村人たちとも打ち解けてきて、仕事や生活も落ち着いてきたというのに、残念でならない。
 アルは自分の席を離れると、ドアのほうへと歩みだす。その背中に、追いすがるように、ブラウンが叫ぶ。
「おい! アル。お前、そんなあっさり引き下がって良いのか?」
「納得いかないか、ブラウン?」
「当たり前だろ、こんなまどろっこしい事して、アルを嵌めやがって! 俺は、お前らにアルが村長である事を納得してもらおうとして、この場を取り繕ったんだぞ。それを、ノイ、てめえの勝手で……」
 平然とするノイに食って掛かるブラウン。見るに見かねてアルが振り返り、ブラウンにいつもの調子で笑いかけた。
「落ち着けブラウン。俺様は別に気にしてない。村のため、ひいてはエルフ領のためには、俺様がここにいないほうが良いんだろ。だったら、村長として出て行くまでさ」
「確かに、こいつらはお前を村長として認めてねえ。だが、少なくとも、俺達は、この村に住んでる奴は、頼りになるお前を村長として認めてるんだぞ!」
 ふっと、アルの脳裏に村民達の顔が浮かぶ。
 得体の知れない自分を英雄として迎え入れてくれた村民。ブラウンが言い出したにしろ、自分を村長として認めてくれた村民。一ヶ月やそこらの付き合いではあったが、すでにアルにとって彼らは、守るべき家族とも言うべきかけがえのない存在になっていた。
 そんな人々が居る場所が、居心地のよくないわけが無い。だがしかし、その場所がこうも危うい状態の上に成り立っている事を知ってまで、この地に居座る事などできなかった。
「だからこそ、村長として出て行くんだよ。俺様が元で、他の村といざこざが起きたりしたら、たまんねえからな」
「…… 貴方が話の分かる人で助かったわ」
「一ヶ月そこらの間だったが、俺は西の村の村長だったんだ。村民のことを考えるのは、当たり前だろ」
「もったいないわね、本当に」
 アルの決意を汲んだのか、大人しくなったブラウンにもう一度笑うと、アルは再び歩き出した。
 思えば、あっという間だった。塔の中から偶然たどり着き、協力して塔を攻略し、塔の出現により荒れた土地を整地し。今まで、村人達とやってきたことが脳裏をよぎる。どれもこれも、楽しすぎて、良い思い出過ぎて、涙がわいてこない。
 ちぃと鉄仮面には迷惑をかけることになる。いや、少なくとも、ちぃに関してはエルフだ、メイに改めて預かってもらうのも良いだろう。鉄仮面が帰って来次第、メイに相談してみよう。
「出発の準備のため、一日待ってあげます。明日の朝までに荷物をまとめなさい」
「ありがとよ。正直そのままほっぽり出されるのかと思ってたんだ、感謝する」
 ノイの声に振り返りもせず、アルは出口に手をかける。キィと軋みを立てて、ドアが開く。
 鉄仮面は。まぁ、ついてくると言い出すだろうな。おそらく。といっても、あいつも自分と同じく、得体の知れない物には違いない。同じ境遇の主君と家臣、お似合いではないか。あいつの腹は分かってるつもりだ、どこまでも一緒に来てもらおう。
 本当は、あの塔を攻略した日にでも、旅立つべきだったのだろうな。もとより、俺のような化け物は、こんな平和な村には必要ないのだ。
 さびしそうに床を眺めながら、アル歯そう思う事を決意した。最初から、自分の居場所はここではなかったのだと。
 ドアを勢い良く開ける。まぶしい光が、アルの体を照らし出す。この光が自分をかき消してくれないだろうか、光になれない目を細めそんな風にアルが考えた時だった。
「ただいまぁ! パァパ!」
「ち、ちぃ! て、グハァ!?」
 その光の中を、弾丸のように駆け抜けて、自慢の娘が飛びついてきたのだ。あまりの突然の出来事というか、不意打ちにアルは足を滑らせ、後ろ向きに倒れた。
「見て見て、パァパ! これ、ちぃが取ったリンゴだよ! こっちの、おっきいのがパァパので、こっちのちょっとちいさいのが、ちぃの! はい、パァパ、どうぞ!」
 両手にリンゴを一個ずつ持ち、一方の手を自分へと差し出すちぃ。アルは、にっこりと笑うとちぃの頭をなでた。
「おう、ちぃ、凄いな。こんな立派なリンゴは、そうそうお目にかかれない。さすが、俺の自慢の娘だ」
「アル様、鉄仮面ただいまもどりました。と、何かお話の最中でしたか?」
 ちぃ越しに鉄仮面の姿が見える。喜んでいるちぃを抱きかかえると、アルは立ち上がる。
 さて、どうはなしたものか。
「いいえ。ちょうど、終わったところよ。さ、荷物をまとめる手伝いでもしてあげなさい、鉄仮面君」
「? 何の、荷物を。アル様、あの女いったい、何を言っているんですか?」
「話はついたの、そこに居るアルがこの村から出て行くということでね」
 ますます分からないといった表情で、疑問符が頭の上に浮かんで見えそうなほど首を傾げる鉄仮面。アルが、ことの経緯を話そうと思った時だ、その後ろから、一人の老人が歩み出た。
「おうおう、貴方が大魔王様ですか。いや、お初にお目にかかります」
「え、あぁ、どうも始めまして」
 腰の曲がったその老婆はニコニコとアルに近づくと、その手を優しく握る。
「いやいや、お宅のお嬢さんは良い娘ですね。感心しましたよ、本当によい教育をなされておらっしゃる。さすが、魔界を統べる王の娘というにふさわしい」
「いや、そんな褒められるようなことはした覚えは無いのだが…… おい、鉄仮面、この婆さんは?」
「ええと、その……」
 何だったっけかなぁとまた首を傾げる鉄仮面を横に、老婆は楽しそうに笑う。と、その指先がすっとあるの背中の向こうを指差した。
「それはのう、あやつらに聞いたほうが早いかも知れぬわ」
「へ?」
 振り返れば、ブラウンを筆頭にみな顔を真っ青にしてこちらを見ている。
 いや、違う。見ているのは、自分ではない、この老婆だ。
 その時、ノイのローブがずり落ち、それと共に手に彼女の持っていた魔導書が地に落ちた。真っ白な顔を、青く染め上げ、ノイが口を開く。
「さ、最長老様…… なぜ、ここに」