竜の王と竜の姫 第十一話


「……という具合にだな、俺様はちぃを預かり育てる事を、その女に誓ったというわけだ。その時、そいつが拵えてくれたのが、この城ってわけ。とまぁ、俺が話せるのはこれくらいかな」
 押し黙る三人のエルフ達。しゃべりつかれたのか、アルは背中を椅子にもたれかけ、息をつく。
 あの後、あの魔法を何度繰り返したところで、アルの素性や過去は分からなかった。分かったのは、アル自身が魔法の力も及ばぬ謎の生命体であるという事だけ。結局エルフの三人は何の裏も取れぬまま、アルの話を聞くよりほか無かった。
 結局アルは、自分が知りうる自分の全て。それこそ、ダンジョンで目覚めて、鉄仮面やメイと共にそのダンジョンを潜り、ダンジョンのボスと思しき竜と戦い、ちぃを預かるまでを包み隠さず、全て話した。もっとも、突拍子も無いような出来事ゆえに、所々加わる手厳しい質問にブラウンの助言と裏打ちを借りることになったが。
「相違ありませんか? ブラウン」
「あぁ、間違いなく、アルが語ったとおりだ。一緒に見ていた俺が保証する」
 最後の裏打ちを終えて、三人が顔を見合わせる。実際自分も他人から似たようなこと聞かされたら、そうそう信じられないだろうなと、アルは顔をしかめた。が、そうであっても、信じてもらうしかない。その上で、ブラウンという彼らの共通の知人の存在は、アルにとってとても心強い物だった。
「塔を真っ二つに割る…… とてもそんなことをできるようには思えませんけどね、普通の者には」
「何せ、大魔王…… というよりも、規格外生命体とかいうやつらしいからな、俺様は。普通の物差しで測ってもらっては困る」
 得体の知れない自分の素性を棚に上げ、皮肉そうにノイに向かってそう言うと、ガハハと気丈そうに笑うアル。その笑い声に、バルとブラウンが続く。
「確かに、普通の者には出来ないだろうな。規格外の生命体ならともかく」
「それに関しては、俺もそう思ってる。こいつは、その石版に出ているとおり、規格外の生命体か、はたまた魔法も通じねえほど凄い奴―― まぁ、世に言う大魔王って奴のどっちかだってな」
「だ、そうだぜ、ノイさん?」
 アルのその言葉に考え込んでいた、ノイがそっとその場から立つ。最後に、もう一度と、ヒストリの魔法を詠唱したが、目の前に落ちた石版に書かれていたのは、今までのものとなんら変わりなかった。
「ふぅ。どうやら本当に、貴方の突拍子の無い話しか判断材料は無いようですね」
「俺様としても残念だが、そのようだな。まぁしかしだ、人間を判断するのに、過去だのなんだのは必要ねえさ。今そいつがどういう奴か。それだけだろ、そいつを信じれるか信じれないかなんて?」
「ここまで、過去の話をしておいて、それは無いのではないですか…… まぁ、確かに貴方の言うとおりですが」
 ため息をつくとノイは自分の席に戻り、思案にふけるように首をかしげる
「最後に、貴方自身には本当に今話したこと以前の過去の記憶は無いんですね」
「あぁ、ねえな。微塵たりとも俺様の脳みそには残ってねえ。そもそも、影の俺様に脳みそがあるのかも微妙だがな」
「…… 分かりました。では、皆に聞くとしましょう」
 そっと、アルを指差すノイ。ごくりと、アルがそののどを鳴らす。
「この男を西の村の村長として認めるものは、手を揚げてください」
 アルは、黙って四人のエルフを見つめる。まず真っ先に上がったのはブラウン。そして、しばらくの沈黙の後バルの手がゆっくりと上がる。ノイは意地というかやはりというか、手を上げない。
 そして、どうにも決めかねないというのが一人―― ウィンキーだ。手を顎に当て、何やらぶつぶつと自分の世界に入り呟いている。
「ウィンキー、もう良いか?」
「…… 考えたのだが、たとえ彼が影だとして、物体に干渉する原理が納得いかないんだよ……」
「それは、そういうもんだと思って、例外的に考えてもらうしか」
「それはそうなんだけども、それにしたって、体重が簡単に倍加するのも納得がいかない…… やはり、計算の上で納得のいくものを、信じるわけにはいかない」
 そういうと、ウィンキーは顎の手をひざに置く。それを見て、ノイが笑った。反対に、無頓着と思われたウィンキーの妙なこだわりに、アルが顔を崩して驚いた。
「まぁ、こういう奴なんだわ。肩を落とすな、アル」
「多数決の結果は2対2…… のようですね」
「あぁ。で、お前らのところでは、こういう場合どうするんだ? メンバー変えてもう一回やり直すのか? それとも、何か違う方法でか?」
「本来なら、こういう場合はもう一つ手順を踏むんですが…… 今回はそれには及びませんよ」
「! おい、ノイ! お前、何勝手な事!」
 その時、ぐるりとブラウンの周りに、電撃が走る。アルにかけられているのと同じ、電撃の魔法だ。触ればただではすまないのは、知っているブラウン。身動きがとれずただただノイを睨みつける。
「どういうつもりだ、ノイ!」
「ブラウン。貴方はどうやら、この男に洗脳されている。確かにバルの言うとおり、この男は強いかもしれません。ですが、このような得体の知れないものに、われら一族の命運を分かつ権利を与えるのは、納得できません」
「バルとウィンキーは?」
「半分に割れたときは、このようにするという事で、二人には話をつけています」
「…… 何で俺には話していないんだ? 俺も、お前らと同じ村長だろうが」
「さっきも言ったように、貴方はその男に洗脳されています。話さないほうが、公平だと私が判断しました。それに、今の貴方はもう村長ではないでしょう?」
 歯を噛んで睨むブラウンを横に、ノイがアルの前に立つ。先ほどと同じようにアルの額に手を翳すも、その手中からこぼれる光はヒストリの時のそれとは違い、禍々しい。
「どうする気だ?」
「別に、何も? 制約の魔法をかけるつもりも無ければ、攻撃の魔法をかけるつもりも無いわ。貴方が何も言わず、このエルフ領を去るというのならね」