「味噌舐め星人の沐浴」


 それ以上彼女に何かを言う事はしなかった。彼女も、この世界の無情な理について何も知らない訳ではないだろう。それを改めて言って聞かせて見せる程、俺は悪趣味でもなければ年老いても居ない。まぁ、そうやって自分の信念とやらに基づいて生きてみるのも良いさ。駄目だとは言わない。ただ、それで傷ついて、俺の様に普通の人生から落ちて行っても、俺は知らない。
 おっと、味噌舐め星人なんてものになった時点で、もう既に道を踏み外しているか。あの悲しき生き物に、救いなんてものはなさそうだから、な。
「とりあえずだ、お前、風呂に入っとけ。言って良いかしらんが、臭うぞ」
「そうかしら。いえ、そうね。確かに臭うは。全然、気が付かなかった」
 味噌舐め星人になると、色々と頭のネジが飛んじまうからな。なんて、生き返ったことできっと気が動転してしまったのだろう。仕方のないことだ。
「お湯は勝手に使って良い。風呂に入っても良いし、気が引けるって言うならシャワーでも良いぞ。とにかく体を洗っておけ」
「それで、雅さんみたいなことを私にするつもり。獣ね、貴方って」
 そういうつもりで言ったんじゃない。そう言うと、逆に味噌舐め星人の思う壺という所だろう。俺は無視して彼女の横を通り過ぎると、自分の部屋へと向かった。餓鬼の体に欲情するほど、俺も飢えてはいない。雅の体でそういうのは足りているし、雅以外にそういう女を持つ必要もない。
 結局、今の俺を慰めることができるのは、雅くらいなのだ。
 自分の部屋に戻った俺はベッドに寝転がる。久しぶりに読む気になった、佐東匡の小説を本棚から引っ張り出してくると、何度も何度も読んだ台詞を脳内でオートスキップで読み飛ばす。なんのために読んでいるのか、いい加減分からなくなってきたので、気に入っているシーンの箇所だけを飛ばし見て、話の内容を思い出す。それだけで、十分に楽しめる。本を読むという事は、物語を読み込むという事は、そういうことなのかもしれないな。
 このまま佐東匡の世界に浸りながら眠ってしまうのもいいだろう。俺は読んでいた文庫本を枕の横に置くと、部屋の電気を消して目を閉じた。なんやかんやとしている内に、すっかりと日も暮れてしまい、丁度いい塩梅に暗くなった室内では、目を開けていても閉めていても大差なかった。
 ふと、下の階から物音が聞こえてきた。俺の部屋の真下は、先程味噌舐め星人に薦めた風呂場になっている。恐らく、味噌舐め星人が入ろうとしているのだろう。薦めてから随分時間的には経っているが、どうしたのか。やはり他人の家でシャワーを借りるのが気が引けて、利用しようと思い立つまで時間がかかってしまったのか。あ、そう言えば、バスタオルも何も用意するのを忘れていたっけか。それで、なんやかんやと準備していたのかな。
 床から聞こえてくる物音が気になって眠れない。別に、俺の部屋の下で年端もいかない少女が裸になっている、というのが僕にとって刺激が強い、なんてことはない。ただ純粋に、俺は彼女が無事に風呂に入るか気になったのだ。そんな僕の心配をよそに、彼女はちゃっかりと風呂に湯をためているようだった。よかった、変に遠慮なんかしてなくて。