「味噌舐め星人の放浪」


 居ないのですね、お姉ちゃんさん。どこに行ったのでしょうか。さぁな、もしかすると、入れ違いになったのかもしれないな。とは言いつつ、味噌舐め星人の不在に少なからず動揺している俺が居た。どうしたことだろうか、一時間も帰って来なかった事からして何かがおかしい。妙な事件に巻き込まれたとか。見た目は大人だが、言動と行動は小学生レベルの味噌舐め星人である、悪い奴らに騙されて、ホイホイ後をついていったりしているかも。
 いや、流石にそこまで分別がないなんてことはないだろう。だが、やはり味噌舐め星人にお使いを頼んだのは失敗だったなと、俺は後悔した。
 とりあえず病室に戻ることにした俺とミリンちゃんは、ドリンクコーナーへと向かい、手のひら大のペットボトル容器に入った清涼飲料水を二つ手に取ると、コンビニのレジに入った。念のため俺は、つまらなさそうな顔をして商品の値段をバーコードリーダーで読み取らせる女店員に、味噌がどうのこうのと煩い客は来なかったかと尋ねてみた。すると、彼女は面倒くさそうな声色で、さぁ、わかりませんね、忙しくってお客さんの事なんていちいち覚えていやしませんよと、もっともな答えを返した。たとえ知っていても、それを教えることで厄介なことにでもなられては困るから、そう教えられるものでもない。しかたないねと諦めて、俺は彼女に千円札を渡そうとして、そういえば、財布を味噌舐め星人から奪い返していないのを思い出した。すまん、ミリンちゃん、悪いがここの代金を立て替えてくれないか。
 やれやれ、ジュースの一本も妹に奢れないお兄ちゃんなんて、私は幻滅なのです。甲斐性なしなのです、ごくつぶしなのです。仕方ないだろう、財布はお姉ちゃんさんに預けたままなんだから。膝の上にペットボトル飲料を載せて、ミリンちゃんに背中を押されエレベータへと向かう。上へと向かうエレベータは相変わらず見舞いの客でいっぱいだったが、そこをむりくりに体を押し込んで俺たちは病室のある階へと向かう。何人かの人が下りるのを邪魔しながら、病室のある階で下りると、急いで俺たちは病室に戻った。しかし、そこに俺たちの期待したお姉ちゃんさんの姿はやはりなかった。なんとなくではあるが、彼女は帰ってきちゃいないと、そんな気がしていたのだ。
 どこ行っちゃったのでしょうお姉ちゃんさん。やれやれこんな事ならあいつに携帯電話の一つでもつけておいてやればよかった。病室の前に立ちつくし、後悔の言葉を吐くミリンちゃんと俺。その背中に、あら、どうかしたのかしらと、優しげな声がかかった。振り返れば、歳若く人当りよさそうな看護婦がガーゼやら赤チンやらを載せた手押し車に寄りかかって立っている。なにかお困りの様なら力になるけれどと、惜しみない善意の微笑みを俺たちに向ける彼女に、恥ずかしながら、俺は力を借りることにした。いや、すみません、実は俺の妹が病室を出て行ったっきり帰ってこなくって。まぁ、貴方の妹さんが。それは、どうしたことかしらね。ちょっと、ナースセンターで連絡を取ってみましょうか。そう言って、くるり反転、彼女はナースセンターの方向を向く。えっと、妹さんの名前は、なんて言うのかしら、と、尋ねられて、俺は、ただいつもの癖で、味噌舐め星人ですと答えてしまった。