「砂糖女史の看病」


 あっ、起きましたか。俺の頭の上で、ぼんやりとしていて聞き取りづらい声が響く。首をもたげ確認しようとすると背中側の首の筋が痛んだ。同時に俺の胃袋の中で得体の知れない化け物が転げまわる。得たいの知れないとは失礼な話だ、自分であれだけ呑んでおいて。口元までせりあがって来る酸味に思わず口を押さえる。体が重く、とてもトイレまで移動している体力的な余裕はない。なので、なんとかそれは堪えたが、二度三度と続かれては、流石に耐える自信はなかった。どうやら、俺は二日酔いという奴らしい。そして、妙に部屋が明るい事を考えると、俺はここで一泊していったらしい。
 大丈夫ですか。苦しいようでしたら、バケツをお借りしてきますけれど。いいよ、大丈夫だ、と、俺の背中を優しくさする砂糖女史に俺は言った。彼女はまるで飼い犬でも撫でるように、俺の背中を揺すった。その女の子特有の柔らかな手の感触が、起きぬけの下半身には少し辛かった。しかし、それよりも泥酔している身に、その手が起こす緩やかな振動が心地よかった。
 彼女の手を借りて体を起こすと、俺は辺りを見回した。部屋は、外観によく似合った見事な和室で、柱や壁にはいくつか茶色くなった傷が刻まれている。布団と枕はシーツこそ白いものの、長年使われた感じに塩梅よく古ぼけていて、少しばかりかびくさい。そんな布団が見渡せば五つ部屋の中に敷き詰められているということは、俺と砂糖女史を差し引いて、残り三人、見知らぬ女と俺は同じ部屋で一緒に寝た事になる。酒のせいで記憶は曖昧だが、服がここに来た当時と同じという事は、過ちはなかったということだろう。そう思いたい。なんにせよ、おおよそ健全な話ではないなと俺は自嘲した。
 時計を見れば朝の十一時。何時に倒れたのかは知らないが、随分とまぁお寝坊さんだ。平均的なホテルのチェックアウトの時間だって一時間過ぎている。そうだ、チェックアウトは大丈夫なのだろうか。見たところ、砂糖女史のお仲間は誰も寝ていなかったし、こんな遅い時間まで団体客が部屋に残っているというのも、少しおかしな話である。俺は、すぐにも今どういう状況なのか砂糖女史に尋ねようとした、が、酒と長時間による睡眠で干上がった俺の喉はすぐには声らしい声を出せず、無様なしわがれた音を出すばかり。たいへんと、部屋から駆け出た砂糖女史がコップに水を汲んできてくれるまで、俺は延々と唾液と乾いた息を咳と共に吐き出すことしかできなかった。
 そんな事を心配してたんですか。安心してください、今回の慰安旅行は二泊三日で、今日はその中日なんですよ。皆さんは、近くにある遊園地に遊びに行っているところです。相変わらずぼやけた感じの声が俺の耳に響いた。近くで喋られると、どうにも響きすぎて耳に痛い。もうちょっと静かに喋ってくれと俺が言うと、砂糖女史は大きな声ですみませんと謝った。
 だから、静かにしてくれと言っているというのに。なぜ、この女はこう狙いすましたような天然なのだろう。こうして俺をつきっきりで看病してくれる辺り、悪い奴ではないのだが。どうにも、俺の周りはこんなのばかりだ。
 あの、お水のおかわりいりますか、持ってきますけど、と砂糖女史が小さな声で聞いてきたので、俺は小さく頷いた。首を振るのも俄かに辛かった。