「砂糖女史の中間」


 なんでそんな所まで弁当を届けなくてはいけないのか、なんでこの女はその駅の近くにあるコンビニで弁当を買わなかったのか、そもそも今からそんな遠い所に行って、今日中に家に戻ってこれるのか。咄嗟に、味噌舐め星人との約束が脳裏を過ぎったが、かといって今さらこの重たい荷物を砂糖女史に背負わせて、後は一人で頑張れと突き放すことなどできはしなかった。
 結局、俺は砂糖女史に言われるまま電車に乗り、県内屈指のリゾート地へと向かった。バイトを始めて豪奢になった彼女は、わざわざ特急の指定席までとってくれた。おかげさまで目的地には思いのほか早く着くだろう。しかしまぁ、この女とはよく電車で一緒になる。弁当をつり革の上に置き、座り心地の良い座席に腰掛る。さしあたって、何でわざわざこんな所まで弁当を買いに来たのかと俺は彼女に聞いた。彼女は少し考えて、リゾート地の駅周辺を探してもコンビニが見つからず、仕方なくコンビニのありそうな駅を探して電車に乗った、という旨の話をいつもの途切れ途切れの口調で言った。ここに来るまでに幾らでも大きな駅はあっただろうに。それでなくても、駅のキオスクで売っている弁当では駄目だったのだろうか。ぽやややんとしていて何を考えているか分からない、砂糖女史のことであるから、きっとそんなことは思いつかなった、気づかなかったのだろう。やれやれ、である。
 目的の駅に着くと、すっかりとあたりは夕闇に染まっていて、カラスが寂しく鳴いていた。二時間近い時間をかけリゾート地に到着した俺達は、そこからタクシーを拾って旅館へと向かった。そもそも、この弁当代にしても、タクシー代にしても、領収書をきればバイト先から支給されるのだという。ずいぶんと太っ腹なメイド喫茶だなと思ったが、ついた旅館は、見るからに漁師町といった風貌の町並みの中に佇む、裏寂れた民宿だった。二階建てでコンクリートでできているその民宿は、おおよそ高級な感じには見えない。せっかくのリゾート地だというのに、こんな所に泊まっては少しもったいないという感じだった。はたして彼女の会社は、金があるのかないのか。
 浅黒く、背中の丸まったおばあちゃんが俺達を出迎えた。彼女に事情を話し、玄関を上がると、俺達はそのまま奥にある大広間へと向かった。すでに宴会は始まっているという。急いでくださいと、ちっとも急いでいるようには見えない砂糖女史にせかされて、俺は駆け足で宴会場へと向かう。両手が塞がった俺の変りに、砂糖女史が襖を開ける。すぐに、むわっとした酒の匂いと、戸惑ってしまいそうになる濃い女性の匂いが俺の鼻腔に入ってきた。
 遅かったじゃないのぉ、悪いけどもう皆始めちゃってるわよ。部屋中に所狭しと座り込んでいる女性達が、口々にそんな声をあげた。すみませんと大人しく頭を下げる砂糖女史の横で、俺はこの世のものとは思えぬ壮観に目を見張った。浴衣姿で所々衣服のはだけた彼女達は、誰もが誰もという訳ではないが平均して美人と評することのできる容姿の人ばかり。そんな彼女達が、周りに同性しか居ないからだろうか、所々はだけた感じで浴衣を着て酒を飲んでいる。そこはかとなく上気し緩んだ表情はえ難く魅惑的で、もはや妖艶とまで俺に思わせた。まるで、メイド喫茶ではなく、キャバクラのようだ。