「味噌舐め星人の寄託」


 その後はもう大変だった。その味噌舐め星人の発言のおかげで、「居酒屋つぶれかけ」の空気は一気に凍りつき、とてもへらへらと酒なんて呑んでいられる状況ではなくなってしまった。俺は味噌舐め星人の保護者として、一応の兄として彼女をひっとらえると、その頭に拳骨をみまった。なぜ殴られたのか分からない味噌舐め星人は、どうしてなぐるんですか、酷いです酷いですと喚いた。いつまでたっても黙らないので、もう一発殴りつけると、ついには大声で泣き出し、もうそれで本日の飲み会はお開きになってしまった。
 頬を膨らませてぽろぽろと涙を流す味噌舐め星人を醤油呑み星人に任せて、俺は店長と共に店の支払いを済ませた。板前は、よほど味付けが薄いと言われたのがショックだったのかいっそう無口になり、ろくにおあいそは進まなかった。板前とそこそこ知り合いである店長も、慰めの言葉が見つからないのか黙ったまま、非常に気まずい時間が過ぎた。俺は、すみません、あいつこういう店は初めてでして、と一応謝って見せた。初めてなので、素直に物を言いすぎたとも、初めてなので、歯に衣を着せることが出来なかったとも言わなかった。板前は俺の事をじっと上目遣いに見つめて、そして、ちょっと待ってくれと言って、もう一度板場に戻ると何かを作り始めた。何かをと言っても、この店で作られる料理は一つしかない。一つしか思いつかない。
 すぐに板前は、スーパーのパックに五平餅を挟んで俺の所に持ってきた。お代は結構だと彼は言った。見れば、さきほど味噌舐め星人に出された五平餅よりも、少々茶色が濃くなっていた。五平餅のいったい何が、ここまでこの板前を執着させるのか、俺には分からない。しかし、彼の板前としての情熱がこと五平餅に関してはまだ生きていることだけは確かだと俺は感じた。
 店を出ると、電灯の下で味噌舐め星人と醤油呑み星人が待っていた。醤油呑み星人は俺と顔を合わすなり意地悪そうな笑みを浮かべる。一方で、味噌舐め星人は俺が現れるなり、見たくないとでも言いたげにあからさまにそっぽを向いて見せた。やれやれ、随分と嫌われたものだ。俺は味噌舐め星人がそっぽを向いているほうに回り込むと、五平餅が入ったパックを彼女に見せた。なんですか、それ、どうしたんですか、と味噌舐め星人が聞いてきたので、お土産にどうぞってくれたんだよ、ちゃんとお前のリクエストどおり、濃いめの味付けにしてくれてあるそうだと、俺は答えた。途端、味噌舐め星人の機嫌はすっかり良くなった。やれやれと俺は息を吐いた。それでも、泣きはらし真っ赤になった目元に、少し罪悪感を感じずには居られなかったが。
 じゃぁ僕はこれで帰るよ、皆気をつけてね。そう言って酷く名残惜しそうに、何度もこちらを振り返りながら店長はコンビニのほうへと帰っていった。俺と味噌舐め星人は同じ家だったし、醤油呑み星人は送ってもらう事を拒否した。下心見え見えの店長は、それでも何とか食い下がろうとしたが、満腹中枢を満足させた星人二人に対して、店長は既に赤の他人に等しかった。それじゃ、私も帰るわね、と、醤油呑み星人はそそくさと逃げるように帰っていった。残された俺と味噌舐め星人。お土産に浮かれて今にも走り出しそうな味噌舐め星人、その手を強く握り緊めて、俺は月夜の街を歩いていった。