「味噌舐め星人の満幅」


 いえ、違うんです、作りますので待ってください。五平餅、作らせてください。板前は初めて声に感情をのせて喋った。彼の声には、今までの態度からは打って変わった誠実さと、五平餅を作る事を強く望む重いが含まれているように俺には感じられた。なぜ彼が五平餅にこれほどの意気込みを見せるのか。わざわざ、メニューの端に書いている五平餅を、作らせてくれと懇願するのか。今日あったばかりの俺にはちょっと分からなかった。どうやらそれは、顔なじみの店長にも分からなかったらしく、不思議そうな眼をして彼もまた、こちらを真剣な眼で見つめている板前をじっと眺めていた。
 あの、あの、あの、作ってくれるんですか、いいんですか、大丈夫ですか。味噌舐め星人が聞くと、こくりと板前は頷いた。寡黙な板前に戻っていた、けれども眼がどこか今までと違っていた。彼は、冷蔵庫から壷に入った味噌と皿に乗った胡桃を取り出すと、まずは五平餅に塗りつける味噌から作り始めた。味噌に多めに砂糖を加え、砕いた胡桃を混ぜ込む。次に炊飯器から幾らかの米を掬いだしそれを幅の太い竹串に捏ねつけると、その上から出来上がった味噌を塗りつける。何度も満遍なく、それでいて塗り重ねすぎないよう丁寧に、板前は五平餅に味噌を塗った。味噌を塗った五平餅は焼き器の上に置かれ、この日初めて駆動する焼き器がぼっと小さく音を立てた。
 くるりくるりと、五平餅が回る、裏返る。裏返るたびに五平餅はその面に焦げ目を増やし、香ばしい匂いを小上がりまで届けた。真剣な表情で焼き器を前にして立つ板前。そんな板前を、俺と味噌舐め星人はずっと眺めていた。店長と醤油呑み星人もまた、飲むのも忘れて彼の真剣な姿を見つめていた。
 はい、五平餅です、どうぞ。板前は味噌舐め星人の前に、香ばしく焼きあがった五平餅を置いた。初めて出てきた板前の料理は、彼の本来の腕前が良く分かる代物だった。適度な焦げ目に、わざと残された白い余地、少しも形崩れしていない五平餅は、俺に久しぶりに五平餅を食べたいという欲求を湧き起こさせた。なんだよ、やればできるんじゃないか。料理できるじゃないか。俺は、再び板場に戻って新聞を読み始めた板前――けれどもその端から、味噌舐め星人の様子を横目に伺っている――を、ほんの少しだけ見直した。
 味噌舐め星人は不思議そうに五平餅を持ち上げた。これは、初めて食べます。とても、変わった形の料理ですけど、美味しいのでしょうか。嫌なら俺が食べてやってもいいぞと言うと、味噌舐め星人は、嫌です、嫌です、これは私が頼んだのです、誰にも分けてはあげませんと、大事そうに五平餅を手前に引き寄せて言った。せっかく色々と味噌料理を分けてやったというのに、薄情な奴である。まぁ、いいかと、俺は思った。別に今日は自腹を切っているわけではないのだ。欲しければ、美味しいのならば、また頼めばいい。
 おそるおそる五平餅を口に運ぶと、味噌舐め星人はそのさきっちょをほんの少しだけ齧った。そうして暫く租借して、飲み下し、感想も言わぬままにもう一口、今度は先ほどよりも大きめに齧った。どうだ、美味いかと、俺は味噌舐め星人に聞いた。すると、彼女は首を傾げると、席から立ち上がった。
 すみません、すみません、味噌の味が薄いです。もっと塗ってください。