「居酒屋つぶれかけの献立」


 その「居酒屋つぶれかけ」は、それはもう酷い店だった。何が酷いって、まずは立地条件が酷かった。家と家の間に挟まれて、畳二乗もないような所にその店はあった。入り口の小道と同じくらいの幅しかなかった。奥行きもなかった。人が五人も座ればいっぱいになるカウンターと、奥に小さなテーブルが載った小上がりが一つあるだけ。かてて加えてお客も一人も居なくって、寂れた店内に閑古鳥が鳴いている。厠は小上がりの横にあって、アンモニア臭こそしなかったが、サンポールのきつい匂いがしてたまらなく不快だった。料理だって酷い物だ。カウンターには煮物の一つも置いていないし、板場には包丁はもちろんまな板だって置いてやしない。カウンターにただ一人、煙草を燻らして新聞を読んでいる板前と思しき男が、注文すると冷蔵庫なり冷凍庫なりからラップで包まれた料理を取り出して、レンジで温めるのだ。それでもまだ手作りなら納得できる。けれど、どう見たってそれは出来合いのものだった。スーパーのお惣菜だった。スーパーのお惣菜を皿に盛りつけただけのものにしか、俺にはどこからどう見ても思えなかった。おいおい、そんな調理なら誰だってできる、こんな店に来るくらいなら家で飲んだほうがましだ。「居酒屋つぶれかけ」は心の底からそんな風に思える店だった。そんな店に連れてきた店長は、どうだいちょっと小洒落てるだろうと言わんばかりに、奥の小上がりの窓際に陣取ると俺たちに満面の笑みを向けたのだ。
 親父さん、私はいつものね。あと、この子達にはビール持って来て。「居酒屋つぶれかけ」の板前は、店を構えるにはちょっと若そうな奴だった。けれど愛想だけはいっちょまえの板前らしく、店長にへいともはいとも何の言葉も返さなかった。ていよくあしらわれた店長は、あぁいう人なんだよ、けど味は折紙付だから安心して、なんて俺たちに言った。けれども、すぐにその言葉は板前が出した飲み物と料理によって裏切られた。ちっとも冷えてない瓶ビールと、生ぬるい熱燗。まだ解凍しきってない枝豆が届けられた時、俺はこの店の程度ってものを理解した。やっぱりこんな男に付いてくるんじゃなかった。口に含んだ枝豆は冷たくて、噛み砕くのにずいぶんと力が要った。
 さぁさぁなんでも頼んでよ、今日は僕のおごりだから、遠慮しないでね。そりゃもちろん、ちゃんとした店だったら遠慮なんてしやしないさ。けど、ちょっと、ここはなぁ。そう思ったのはどうやら醤油呑み星人も同じだったらしく、俺たちは顔を見合わせてため息をついた。まぁいい、無難な食べ物を頼めばそうそう酷い目には合うまい。突き出しに出た枝豆のことはこの際眼をつむることにして、俺は焼き鳥と冷奴、どて煮にぶり大根を注文した。順々に出てきたそれは、冷奴以外はあきらかにスーパーの惣菜みたいな味をしていた。冷奴だって、上に載せられた葱と生姜がのっぺりと豆腐の天井につぶれていて、豆腐も薬味もパサパサとして味気のなかった。それでも、刺身を頼んだ醤油呑み星人よりはマシで、彼女なんかはパックからそのまま移したような烏賊の刺身の上に、トンボシビの切り身が四・五枚載せられているという、盛り付けも何もあったもんじゃない物が出てきたのだ。烏賊とトンボシビの盛り合わせを目の当たりにした醤油呑み星人の顔ったらなかった。