「味噌舐め星人の鬱憤」


 アパートに戻ってからの味噌舐め星人はすこぶる不機嫌だった。俺と顔を合わそうとはしないし、テレビを見ようともしない。無視して一人勝手によそ事をしてくれれば、幾らかこっちの気分も紛れるが、部屋の隅に足を抱えて体育ずわりにそっぽを向かれては、こちらとしても無視することもできずやきもきした気分にならざるを得なかった。仕方ないので俺は急いで昼飯を作った。味噌舐め星人が機嫌を直してくれそうな昼飯を作ることにしたのだ。こう毎日味噌料理を作っていたら、近日中に俺の味噌料理のレパートリーも費えるだろう。また今度本屋にでも行って味噌料理の本を買ってこよう。
 結局、お昼に俺が作った味噌料理はホイコーローだった。本場のホイコーローが味噌を使って作られるのかどうかは、俺は中国人でもないし、周富徳のような中国料理人でもないので分からないが、俺の母親は味噌で作っていた。なので俺もホイコーローは味噌で作る。味噌で野菜と肉を炒めただけの割には随分といける味だと思っている。少なくとも俺は晩のおかずにこのホイコーローが出ると食がよく進んだ。匂いを嗅ぐだけでも空気が沸いた。けれども味噌舐め星人は俺がホイコーローを作っている間、一度も俺の方を振り向きはしなかった。俺は、大皿にホイコーロー、お茶碗に白米、キムチのパックを盆に載せて卓袱台へと運んだ。味噌舐め星人の興味を引くようにと思い、けれどもどうして良いか分からずに、結局普通に卓袱台までそれらを運んだ。俺の手前とその正面にお茶碗と箸を並べると、俺は味噌舐め星人を呼んだ。ごはんだぞ、食べないのかと、まるで喧嘩して部屋に引きこもってしまった子供に、親が心配そうに接するみたいに声をかけた。すっかりと拗ねきっている味噌舐め星人はまったく返事をしてくれなかった。そうかい、それなら俺も一人で食べるさと、俺もまた無言でご飯を食べ始めた。
 二人きりの部屋で一人で食べるご飯はなんだか味気なかった。食っているという気分じゃなかった、何かを摂取しているという気分だった。気持ちが味噌舐め星人の方へ向かいすぎて、俺に味を楽しむ余裕がなくなってしまっているのだろう。たった数日過ごしたくらいでこれかと、俺はちょっぴり自分が情けなくなった。味噌舐め星人が立ち上がって卓袱台に座ってくれるのを俺は期待しながら待っていたが、ついに彼女は俺が食べている間は一度も部屋の隅を動かなかったし、お腹の虫も鳴らさなかった。ここまで強情だといっそ清清しいほどだ。せっかく作った二人前のホイコーローが無駄になるのも癪だったので、俺は残ったそれと味噌舐め星人のご飯、キムチのパックをまたお盆に載せて、彼女の前まで持っていってやった。それでも、彼女はやはり俺を無視してくれた。昼飯はちゃんと食べなくちゃ駄目だぞと俺が当たり障りの無い事を言っても、まったくご飯に手をつけようとはしなかった。仕方ないので俺は一服する振りをしてアパートの外廊に逃げた。
 薄い雲がのんびりと高い所を泳いでいる、今日はそんな天気だった。やがて、部屋の中から食器の擦れる音が漏れてくると、やれやれやっと食べてくれたかと俺は安堵した。それは随分とせわしなく遠慮の無い音だった、よほど我慢していたのだろう、もっと量を作ってやるべきだったかもしれない。