「味噌舐め星人の迷走」


 味噌舐め星人はしきりに食べ物屋に入りたがった。しきりにコンビニにも入りたがった。その度に俺は、もう少し行った所に美味しい味噌屋さんがあるんだってと、実に味噌舐め星人にとって魅惑的な嘘をつきその場を凌いだ。味噌舐め星人は、もしかすると俺が嘘をついているのではと疑ったのか、何度か眉をひそめては訝しそうな顔をした。もう少しもう少しと言い続けて一向につかなければそう思うのは無理もなかった。けれどもやっぱり味噌舐め星人は純粋なのか、結局は美味しい味噌屋の誘惑に負けたらしく、俺の嘘を信じて食べ物屋に入るのを諦めた。けれども、食べ物屋やコンビニに差し掛かるたびに、ここに入りましょうよと俺にせがむのだった。
 そうこうしているうちに俺たちはアパートについた。実にあっけなくついてしまったので、俺としても少し拍子抜けだった。あぁ、アパートについてしまった。仕方ない、今日は外食は諦めて家で何か作ろう。俺はさも今思いついたとばかりに味噌舐め星人に言った。けれども、俺の言葉にどこかわざとらしい部分があったのか、はたまた単に外食に行くという約束を破られたのが腹に据えかねたのか、味噌舐め星人は俺に頬をパンパンに膨らませて抗議をした。久しぶりに酷いです酷いですと俺に詰め寄って抗議を始めた。
 お昼に美味しいお味噌やさんに連れて行ってくれると貴方は言いました、ちゃんと連れて言ってください、約束破るとハリセンボンですよ。俺は指切りをした覚えはないんだけれどとしらをきった。するとますます味噌舐め星人は頬を膨らませ、おまけに顔を真っ赤にして、俺をぽかぽかと握った拳で殴り始めた。味噌舐め星人の拳はそれはもうマシュマロみたいに柔らかだったので、幾ら殴られても俺は平気だったし、むしろ金を払いたくなるくらいに心地よかった。これで肩を叩いてもらったら気持ちいいかもしれないなと思ったが、味噌舐め星人はすぐに俺を殴るのをやめてしまった。殴りすぎて自分の手のほうが痛くなったらしい。味噌舐め星人はもはや抗議する術をなくしたらしく、俺を潤んだ瞳で睨みつけた。抗議より拳より、その視線が一番俺の胸にこたえる。得体の知れない罪悪感に、思わず俺は仕方ないなと味噌舐め星人を連れて味噌屋を探しに出てしまいそうになった。この辺りに味噌の量り売りをやってるお店がなくてよかったと、俺は心の底から感謝した。
 もういいです、もういいです、一人でお店に行きます、貴方なんて知りません。味噌舐め星人はそう言って俺の前から走り去った。味噌屋の場所も知らないのにどうやって行くのだろうか。味噌舐め星人が突き当たりの交差点を曲がっていった所で俺はそんな事を思った。ついでに、やれやれこのまま部屋に鍵をかければ味噌舐め星人とおさらばできるぞとも考えたが、なんだか味噌舐め星人が居なくなってしまうと寂しくなってしまう気がしたので。俺は仕方なく味噌舐め星人を後を追って、彼女の消えた交差点へと向かった。
 味噌舐め星人は実に浅ましい奴だった。交差点を曲がったすぐの所で、電柱に隠れて俺がやってくるのを待ち構えていた。果たしてやってきた所で何をするつもりだったのかは知らないが、見つけてしまったものは仕方なく、俺は彼女の頭に拳骨を振り下ろすと、泣く彼女を引きずって家まで戻った。